第5話 季節がめぐった日
そんなこんなで気づいたら桜が綺麗に咲く季節になった。
「ねぇ君、桜がきれいだよ! もっと顔を上げて回り見てみなよ!」
そんな彼女の声が聞こえたのか、桜の花びらが彼の顔にひらひらと当たった。その花びらにさえ面倒くさそうに反応を薄く返し、彼はいつもの道を一人で歩いていた。そんな春の日に、彼は職場で上司に
「そろそろ結婚とか考えないと。」と言われていた。
「そうですね…結婚する気ないんですよね、俺。」
彼はそうぼそっと答えてどこか遠くを見ていた。
「何を見ているの?」と聞いた彼女の声はもちろん届くこともない。
桜が散り
セミが鳴ききって
木さえ見るからに寒そうな姿になり
季節が変わろうと何も変わらない…変わろうとしない、彼。
彼の日課は、朝ごはんを食べて、シャワーを浴びたり身支度を整えた後、仕事前に仏壇に手を合わせて、出社して午前の仕事をして、学食でご飯を食べて、午後の仕事をして、帰宅して、仏壇に手を合わせて、家で勉強をして、ご飯を食べて、寝る支度をして、寝るという、色のない淡白なものだった。
彼女はぱっとしないルーティンだなと思った。
休日も勉強するか、録画に溜まった番組を見るか、ふらっと動物園とかにカメラを持って一人で出かけるくらいだった。そして仕事終わり同僚とも飲みにも行くのを見たことない。…まるで修行をしているかのようだ。
色のない彼の生活に憑いて一年経つ頃には、彼女は次に彼が何をするのか、今何をしたいのか、大体そんな予測まで出来るまでになっていた。ただ、毎日毎日そんな欲もない彼が、一体何を必死に祈っているのかと気になった。それとも、本当に修行をしているからなのかとも思った。しかし透明な彼女は仏壇に近づくことはずっと出来なかった。その上、仏壇はまるで霧のかかったようにぼやけてしまい、上手く見えなかった。
「姿がないってことは何も出来ないってことなんだね。」と辛そうに彼女は言った。
彼はその声を聞くことはなく、ソファーでまた眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます