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「で、遅刻した。というわけね」
編集長――四十三歳、独身――はマルボロメンソールの煙をふーっと吐き出した。
「はい」僕は恐る恐る答える。
「わたしが社会人になってほぼ二十年になるけどさ、こんなにも長々と遅刻の言い訳をした人間ははじめてだわ」
「すみません」
「で?」
「え?」
「え、じゃないわよ。彼女とはこれからどうするの?」
「彼女って、朝倉みさきさんですか?」
ほかに誰がいるのよ、といいたげな感じで編集長がうなずく。
「どうもしませんけど」
「もしかしてアドレスの交換とかしてないの?」
「してません」
「電話番号も?」
「はい」
「LINEも? ツイッターも?」
「僕、どっちもやってませんよ」
たばこを灰皿に押し付けて、編集長はじろりと僕を見上げた。
「好きだったんでしょ、彼女のこと」
「いや、別にそんなんじゃ……」
「ふうん」
「それは、まあ、どちらかといえば好みのタイプではありますけど……」
「その二人、もしかしたらもう冷めてきちゃってるかもしれないじゃない。今日もけんかしてたんでしょ。そういうときはね、話を聞いてあげて、やさしくしてあげて、とっととかっさらっちゃえばいいのよ」
編集長は箱から新しいたばこを抜き出して、机の上でとんとんと叩いた。
「なんかでも、そういうのって卑怯な感じがします」
「あのね、恋愛にヒキョウもコショウもないのよ」
「あの、意味がよく――」
「と、に、か、く」編集長は、指に挟んだまま火の付いてないたばこを、僕に突きつけた。「そうやってもたもたしてると、チャンスを逃してしまうってこと」
「それって……もしかして編集長の実体験ですか」
「殴るわよ。グーで」
「す、すみません」
でもまあ、それは確かにそうかもしれないな。僕は心の中で編集長の意見に同意した。
「あなた、これからまた仕事でしょっちゅうあの電車に乗るかもしれないんだから、そうなったら、あの二人がいちゃいちゃしているのを見かけることになるわよ」
「打たれ強いんですよ、僕は。それに、彼女のことは小説のネタになるかなと思っただけですから」
あとのほうは口からでまかせだった。編集長は片方の口元をゆがめて笑ったけれど、それについては何もいわなかった。
「そうだ。新しいのが書けたらまた持ってきて。批評してあげる。この前のカセットテープの話、まあまあよかったわよ」
「えっ、そうなんですか。でも、このあいだはさんざんダメ出ししてたじゃないですか」
「打たれ強いんでしょ? ボクは」
はあー、と僕は溜息をついた。
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