青に染まる。(男同士)

青という色が好きだ。それは果てしなく広がる空の色。全てを飲み込んだような深い海の色。


好きな人がいる。右耳に1つ、小さな青いピアス。運命を感じた。隣のクラスの生徒で、同じ男同士、でも気にならなかった。元々女子に興味がある方ではなかった。自分はゲイなのか。そう考えるとどこかしっくりくるような気がした。


夏。空が1年で最も濃密な季節。額から伝う汗が目に入るのは嫌だけど、この季節の空を見上げることは好きだった。気温は30度を超えている。猛暑だ。こんなに暑いから、空の青も煮詰まってしまっているのだろうか。縁側に座り込んで空を眺めながらソーダ味の冷たいアイスを銜えていても、頭の中に溜まった熱までは奪ってくれず、ぼーっとする頭で我ながらアホなことを考えている。

「そうだ、泳ぎに行こう。」

頭で考えるよりも早く口に出していた。そうだ、もう夏休みなのだ。学校の規則に縛られることなくいつでも泳ぎに行ける。そうと決まれば、と水着の準備をする。着て行った方が着いてすぐに泳げるが、パンツを忘れる恐れがある。以前忘れた時の帰りのあの股間がやけにスースーする感触。なれないあの感覚をまた味わう羽目になるのは避けたい。ビーチバッグに財布やケータイ、水着にタオル、母に言われて濡れた物を入れる用にコンビニの袋も何枚か縛って入れた。結局、水着はプールで着替えることにした。

ビーチサンダルをパカパカさせながら陽炎の揺らめく道路を行く。絶えずどこからか聞こえる蝉の鳴き声に田舎だなぁとしみじみ思う。プールまでの道がやけに長く感じる。こんな時に誘える友達がいれば、と思ったが、唯一友達の智也トモヤは先週の夏祭りにダメ元で同じクラスの女子に告白し、見事振られてしまったため、あと1週間は家に籠りきりでゲームでもしているのであろう。だからあいつは振られるんだ。何かある度に引き篭るから、日焼けしない肌は生っ白いし細い首は女の子みたいだ。そこまで考えて、ふと今まで人っ子一人見かけなかった道をバイクが走っていることに気付いた。かっこいいなと不躾に眺めていると、俺の近くでぴたりと止まった。

「よう、隣のクラスの浅野...だよな。何してんの?」

ヘルメットを外しながら言う彼の右耳には青いピアスが光っていた。軽くビーチバッグを掲げて示すと、

「海、...行かね?」

バイクの後ろを親指で指し示し、乗れと合図する。断る理由もないので従うと、

「これ、被って...ちゃんと捕まってろよ。」

と言われ、彼のお腹に控えめに回した腕に力を込めた。汗が染み込んだTシャツの背中に顔を押し付けると彼の匂いがした。智也がいなくて良かった、と先程までとは正反対なことを考えていた。

バイクに乗ったことも好きな人の背中に抱きつけたことも、初めてのことだった。髪を撫でる風が心地よく、密着した体から伝わる体温も、一生忘れられない体験になるかもしれないと思った。


潮の香りがして、もう海の近くまで来ていたことに気づいた。顔を上げると、赤く燃え盛る太陽に照らされて水面がキラキラと眩しいほどに輝いていた。

遊びに来た家族やカップルから少し離れた岩場にバイクを止める。久しぶりの海に、「バイク乗せてくれてあんがとさん。俺、下履いてきてるから。」そう言って真っ先に脱ぎ出す俺に彼は小さく笑った。「じゃあ、俺、水着ないから。」とバイクに腰掛けたまま海を眺めていた。

「海、好きなの?」

スボンのチャックを外しながら何処か気まづく感じて聞くと、考え事をしていたのか少し置いて、

碓井命ウスイ ミコト、って言うんだ。俺。知らなかった?」

突拍子もない発言に驚きつつもうんうんと頷くと、

「命って、気軽に呼べよ。」

「お、俺は、浅野凪アサノ ナギ。凪、だ。よろしく、な、命!」

好きな人とこんなに話せて名前を呼び捨てする許可まで貰えて、なんだかとても嬉しくなって、無意識に声が大きくなる。

「な、凪。海っていいよな。」

そう言って微笑む彼の横顔に見蕩れていた。

「俺がなんで海に来たかわかる?」

またそう問いを投げられる。

「...やっぱり、なんでもない。」

小さく首を振って、バイクから立ち上がりがら、

「海、行こうぜ。」

と言った。


久しぶりの海は楽しかった。水着を着ていない命にも、親しい友達のようにふざけて海水をかけ、怒られながらもかけかえされ、お互い頭からびしょ濡れになった。

「ああ、もう。何すんだよ。凪ィー。風邪ひくじゃねーか。」

そう言いながらも笑っていた。

「な、今日は楽しかったぜ。ありがとな、凪。」

夕日に染まり始めてきた空を背景にした笑顔は今まで生きてきた中で一番美しいものに思えた。

「あのさ、なんで海来たかって、聞いたよな?俺...死のうと思ってて、入水自殺しに、来たんだ。」

思わず耳を疑った。

「凪...俺のこと、好きなんだよな?いつも俺のこと、見てたよな?着いてきて、くれる、よな?」

最後は涙声になっていた。何故死ななくてはいけないのかは聞けなかった。ただ呆然と、俺の手を取り静かに泣く彼を見ていた。これも運命かと悟った。


海の中は酷く静かで煩かった。海水で目が傷んだが、ぐっと堪えて命の方へ目を向けると、彼も俺を見て泣き笑ってくれた。触れた手を固く握り、最期まで離さないと心の中で誓った。


もう何も考えなくていい。ただ繋がれた手の感触に彼を感じていれば。母なる海に解けて生命を逆戻りして、いつの日かひとつに戻れると信じた。


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