一。
優しさはお菓子に添えて。
スコーンを頬張るカルミアを引っ張って、チノネは社への道を歩く。
「あーもー、そんなに引っ張らないでよー、スコーン落としちゃうでしょー」
「ダメです! 急がないと所長に怒られちゃいます!」
口ではそう言っているがカルミアも自分の役目を分かっているので、どれだけ引っ張られても黙って歩く。森は少しずつ隙間が目立つようになり、灰色の壁がちらほらと見え始めた。
カルミアとチノネの住む『お社』を囲むようにドーナツ状に建てられているのが、ラボを含む通称『囲い』──官僚などのお偉方が暮らす場所だ。
「ほらほら」
お社。何故彼女達の住まいをそう呼ぶのか。『姫』とは名ばかり。実質それは人柱であり、国の消費物。彼女達はその身に秘めた毒を、死ぬまで国の為に差し出す義務がある。
「あー嫌だなー、所長は全然考慮してくれないんだよねー、乙女の体を傷付ける躊躇いなんてないんだもん」
「仕方ないでしょう、別に私達だって出来るならやりたくないわ、こんなこと。生きていく為に」
「仕方ないこと、でしょ、分かってるよ。それでも嫌なものは嫌なの!」
ここ、毒ノ国は『生命ノ頂』を中心とし、5つに分かれた大陸の北西部に位置する。土地のほとんどは森で、しかも土が毒されている為に国に育つ植物はほとんどがまともではない。薬草として活用出来るものも中にはあるが、自給自足で賄えるほどの植物は育たない。だから家畜も育てられない。
よって、食糧のほとんどは外部の国からの輸入に頼っている。南には動植物が良く育つ国があるという。が、普通の平民達に他国を見る機会は訪れないだろう。
そんな国を支えるのは『姫』の毒。文字通り、体を張って国を守るのが仕事の一つ。『囲い』の中にある研究所で2日おきに血液を採取し、そこから毒を抽出する。
「それにさ、毒抜いた後ってお腹空くし……」
「また新しいお菓子作っておくわ」
カルミアの沈んだ表情はチノネの脳裏にも覚えがあった。そのまた遠い昔、彼女もまた実験体のように血を抜かれ毒を大量摂取し、体の隅々まで虱潰しに研究され、痛みと苦しみの耐え難い絶望を生き抜いた過去を持っていた。だからこそ、その役目の大切さも知っている彼女は、カルミアを甘やかさない。
「何がいい?」
チノネの優しい声色は、せめてもの譲歩。
「チョコレートたっぷりの、ふんわりしたケーキ……」
だからこそカルミアも精一杯の我が儘で応える。二人の暗黙の了解は、生きる為の知恵だ。
『姫』の到着を待ちかねていたのか、『囲い』の入口、門番と共に防護服に身を包んだ研究員達が並んでいる。カルミアはチノネの手を優しく払い、ポケットから手袋を取り出しその手を覆い、チノネがスコーンと共に籠に忍ばせていたまっさらな白い布を受け取ると体に巻き付ける。その身の毒で周りの者を殺さない為に。嫌いな研究員達すら守る為に。
「いってきます」
その笑顔は弱々しく、それでいてやはり美しい。
「いってらっしゃい」
チノネもまた出来る限りの笑顔で応えるが、それはどうしようもなく曇っている。
「ケーキ、よろしくね」
「任せて」
少女二人の笑顔は大人達に阻まれた。
見送る彼女の背後にそっと近付いた背が高くガッチリとした体格の良い男。その威圧的な表情にも臆することなく、チノネは背筋を伸ばしたまま笑顔を消す。
「手間取っているな」
「仕方ないわ、『姫』は一筋縄ではいかない。今までだってそうだったじゃない」
「……代わりは幾らだって存在しているぞ」
「……あの子の代わりはあの子だけよ」
フン、と鼻を鳴らし、男は踵を返した。
「国の為にその身を削ってくれるのなら、誰でも良いさ」
チノネは問題児の消えた門扉の向こう側、研究所への道を見詰める。
「あの子は守ってみせる。あの子こそは」
その小さな呟きは誰の耳に入ることもなく、無機質な灰色と毒に塗れた土に染み込んでいった。
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