08/Recapture & departure《2》
「「「私の名は〝
〝
こいつが〝
「クロエはどうした……っ!」
公龍が叫ぶ。相手の脅威を本能的に感じ取っているのか、隙なく構えている血の刀を〝
「「「クロエ……ああ、あの失語症の子供か。安心しなさい。まだ殺してはいない、まだね」」」
「ざっけ――」
公龍が地面を蹴ろうとした刹那、コンテナの壁を蹴ってアイアンスキナーが肉薄した。拳が振るわれ、頬を穿った。反応さえできない、まさしく電撃的な攻撃。
爆発じみた轟音が轟いて、公龍が吹き飛ぶ。コンテナの壁が拉げる。
戦いの火蓋が切って落とされた。
「「「さあ、〝
喜劇じみた動作で、〝
アルビスは機材の影に飛び込む。火花が散る。足音が消え、真上にキティ・ザ・スウェッティの姿。悪辣な笑みを浮かべ、銃口が覗く。
転がるように跳躍。地面を穿つ銃弾。アルビスの肩に鋭利な痛み。飛来していたダガーナイフが肩口に突き刺さっている。
一瞬の間を突いてキティ・ザ・スウェッティが接近。眼前に突き付けられる銃口から身体を逸らす。轟音とともに吐き出される七二口径の銃弾は背後のコンテナをぶちぬく。キティ・ザ・スウェッティは銃弾が躱されるや否や、すかさず蹴り。アルビスは垂直に上げた脛でそれを防ぐ。スーツに汗の滲み――神経毒。
アルビスはバックステップで距離を取る。
身体のなかに溶解した金属を流し込まれるような感覚が広がる。指先までが焼かれるような熱を帯びていく。
「かははっ――」
距離を取ったアルビスに、キティ・ザ・スウェッティは嗜虐的な笑みとともに肉薄する。
アルビスはダガーナイフを肩口から引き抜いて応戦。すぐに銃把が打ちつけられ、手から黒塗りのダガーナイフを取り落とす。アルビスは腕を回してキティ・ザ・スウェッティの手首を取る。半歩踏み込み、距離を詰める。そして滑らかな重心移動から繰り出される無窮の肘打ち。
肋骨の折れる音。悲鳴さえ漏らせず、キティ・ザ・スウェッティの顔が激痛に歪む。
アルビスは畳みかける。しかし背後に殺気。
攻撃を取り止めて振り返る。すぐ真後ろに黒革のセットアップに身を包む痩身――アイアンスキナーの姿。アルビスは身体を捻って繰り出された拳を躱す。続いて叩きこまれる右中段の蹴りを、左腕で叩き落とす。腕に罅。しかし蹴りを防ぐと同時、がら空きになっていたアイアンスキナーの脇腹へと掌底を見舞う。キチン質の皮膚を通り越し、直接内臓を揺るがす衝撃に、アイアンスキナーはたたらを踏む。
「余所見すんなあああああ――――ぶぐしっ」
アルビスが背にするキティ・ザ・スウェッティが体勢を立て直し切る前に、横合いから紅蓮の刃が走った。巨銃を盾に致命傷を避けるも、キティ・ザ・スウェッティの体躯が吹き飛ぶ。
「余所見すんなとよ」
「していない。公龍、お前が来なくとも対処可能だった」
「よく言いやがるぜ」
アルビスと公龍は背中を合わせ、言葉を交わす。互いに余裕の口振りで話しながら、互いに余裕などないことを理解していた。ほんの一手の見誤りが、ほんの一瞬の遅れが、命取りになる相手だと〝
二人がそれぞれに見据える先には、血を乱暴に吐き捨てて口元を拭うアイアンスキナーと、段ボール箱の山から這い出て立ち上がるキティ・ザ・スウェッティの姿。
それ以上の言葉を交わすことはなく、二人は弾かれるように地面を蹴った。
キティ・ザ・スウェッティが巨銃の引き金を引き絞る。馬鹿みたいな銃火と轟音を置き去りにして、弾丸が射出される。亜音速の弾丸は公龍の頬を擦過して、薄っすらと赤い糸を引いた。
「くそっ!」
キティ・ザ・スウェッティが公龍の予想外の行動に毒づく。公龍は全く避けずに地面を蹴っている。刃を振り被り、全身のバネを使って渾身の一撃を捻り出す。
キティ・ザ・スウェッティは機敏な動きで後退。空振った公龍の刃が地面を裂く。
公龍はキティ・ザ・スウェッティを追撃しつつ、
形成されたのは長槍。しかし柄と槍頭が同等の長さをもった、敵を屠ることに特化した形状。
そしてこれで四つ目のアンプル。潜入で使った山吹色に、二階の廊下を切り裂いた
公龍は耐薬体質だが、通常の薬の効用の埒外にあるからこその
公龍が槍を繰り出す。威力と射程が増したものの、それ故に大振りになる攻撃をキティ・ザ・スウェッティは軽快な身のこなしで捌いていく。僅かな隙を縫って巨銃を構えるが、山吹色のアンプルによって拡張された五感で反撃を察知し、およそ人間離れした機動力で動く公龍を射線上に捉えることはできない。
公龍は横に跳躍、三角跳びの要領でコンテナの側面を蹴ってキティ・ザ・スウェッティの死角へ。キティ・ザ・スウェッティもこれに反応。無駄のない動きで振り返り、巨銃を放つ。しかし弾丸は虚空を切り裂いて消えていく。
背後から横薙ぎの斬撃。鞭のようなしなやかさで刃が振るわれ、キティ・ザ・スウェッティの背を切り裂いた。
「な――うぐぎぃっ」
意味不明な呻きを漏らしながらキティ・ザ・スウェッティの華奢な体躯は前のめりになって吹き飛び、血を撒き散らしながら地面を転がる。
まだ浅い。
公龍は油断なく追撃し、
「らぁぁああああっ!」
吼える。渾身の一閃は、公龍の脇から滑るように刃を走らせ、鎖骨の下あたりでぴたりと止まっていた。しかし公龍が痛みに喘ぐことはない。むしろ、口角を緩ませ凶暴な笑みさえ浮かべた。
一瞬の静寂に、ぱしゅぅ、という間抜けな音。
公龍の握る
注入されたのは
キティ・ザ・スウェッティの瞳孔が開き、口から涎を垂らしながらガクガクと震え出す。身体から絶えず噴き出していた汗が冷や汗に変わったのが手に取るように分かった。
「……てめえのしてきたこと、存分に反省して死ね」
「ああ……ママ、ママァ。やめて。やめてよ……あたしいい子にする、いい子にするからぁ……お願い、お願いよ……あ、うぁ、ママ、いや、ね、やめ――――いやぁァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
頭を抱え、髪を掻き毟り、四肢をバタつかせて、キティ・ザ・スウェッティがのたうち回った。手にするダガーナイフを自らの手の甲に突き刺し、血が泡立つまで掻き回す。
人の記憶というのは事実からは遠く隔たったバイアスをかけられている。しかしキティ・ザ・スウェッティは確かな狂気の只中に落ちていたし、一体どんな過去を幻視しているのかを公龍が知る由もなかったが、その凄惨な過去が全て虚実であるとは到底思えなかった。
のたうつ女を見下ろす公龍の目には、どんな慈悲も哀れみもなかった。
ただ冷たく燃えている憎悪と憤怒だけが、眼鏡越しの双眸に宿っている。
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