第611話 くどく

 とん、とん、とん、と三手で打ち払われた僧兵はしかし、倒れていない。

 背後でアンドリューが牽制し、決定打を打たせないようにしているのだ。


「クッ!」


 呻くように言いながら、僧兵が槍を突き出す。

 攻撃そのものはノラが捌くのだが、反撃をしようとすると光線がノラの眼前を遮った。

 アンドリューが魔力を光に変えて射出したのである。

 ノラは一瞬、表情を曇らせたものの、立ち止まらずに地面ギリギリまで体を落とし込んで潜って進む。

 そこへ、槍の穂先が刺し出された。


『怨!』


 直前で身を止めて槍を避けたノラに向け、僧兵が唸る。

 隠し玉。

 ブン、と震えて音を立てた槍の穂先から数体の鬼神が飛び出し、ノラに襲い掛かった。

 

「破ッ!」


 ノラは地面に串留めにされた体勢のまま、鋭い声を上げる。

 それでよって来ていた不定形の鬼神たちは追い散らされていく。


「嘘、そんなのあり?」


「ありなんだよねぇ」


 うろたえる僧兵の背後で、アンドリューは複雑な術式を空中に展開していた。

 

『優しく光りな』


 なんということをする男だ。

 僕はアンドリューの魔法に関する技術と発想に舌を巻く。

 空間にはあり得ないほどの光が満ちて、何も見えなくなっていた。

 アンドリューはまったく肉体を持たない鬼神を魔力の塊とみなし、強引に光へと変換したのである。

 他者の内部に存在する魔力ではない。疑似的とはいえ、魔力生命体の存在そのものを書き換えるのだ。

 繊細な手腕と強引な手立てが必要になる。

 すっかり暗闇に順応した成れ果て冒険者の目を眩い光は一瞬で焼き尽くした。

 僕は慌てて回復魔法で自らの目を治療し、再び戦闘を注視した時には蹴り飛ばされたらしい僧兵が転がり、両目を閉じたままのノラがアンドリューに襲い掛かっていた。


『空間湾曲!』


 アンドリューが展開した空間魔法に対して、ノラは一刀を奮い強引に無効化させた。

 僕やアンドリューがやるような、魔力の働きに介入しての分解ではない。

 強引に魔力ごと切り裂く力技だ。

 順応の果てにノラが辿り着いた技術。

 この剣士がその気になれば不死者でも、その根拠が魔力である限り殺せる。

 でたらめな男だ。

 だけど、でたらめ具合ではアンドリューも負けてはいない。

 空間魔法に混ぜて発動させていた小技が発動していた。

 ノラの足元が泥沼状に変じ、ずぶりと沈んでいく。踏み込みを旨とする剣士の行動は大きく制限されるだろう。

 そのうえ、本物の泥沼ではない。内実不明の空間には何かの生物が大量に沸いている。

 一種の召喚魔法で、罠を呼び出したのだ。

 おそらくは、激烈な痛みを伴いながらノラの足は何かに食らいつかれているのだろう。

 

「チィッ!」


 ノラは前転しながら囚われた自らの足を切り離す。

 魔法使いは距離を取りたい。戦士は距離を詰めたい。

 二人の戦いは畢竟、空間の奪い合いであるといえた。

 前衛というのはその一枚目の壁である。

 背後からノラにしがみついた僧兵は、前衛の資格が充分であったろう。

 ただし、その程度で止まる男だったのなら、ここのもっとずっと手前で復讐をあきらめていたはずだ。

 片足で、僧兵に絡みつかれたままノラは飛び、アンドリューに肉薄した。


「はいはい、まいった。僕の負けだね」


 額に押し付けられた刃先を見ながら、アンドリューがヘラヘラと降伏を宣言した。

 ノラはその気になれば地面ごとアンドリューを両断し、消滅させうる。

 そこにアンドリューが抵抗をする余地は残っていない。

 互いに本気ではない、ほんのじゃれあいだったが、ノラとしてもアンドリューのほんの一部に過ぎない分体に後れを取るわけにはいかないのだろう。

 事実として、結局はノラの圧勝であった。

 アンドリューの敗北宣言で僧兵はおずおずとノラから離れる。

 ノラも戦闘態勢を解いて刀を鞘に納めたため、僕は駆け寄って回復魔法を唱えた。

 ノラの両目と足を復元すると、その目は僧兵を射竦める。

 

「その女、なかなかやるな」


「え?」


 ノラからの言葉に僧兵は驚いてアンドリューを見る。

 アンドリューはそっぽを向きながら「もっと強い前衛なら僕が勝っていたけどね」とうそぶいた。

 たった一枚の前衛でノラと向き合ったのだから、万全なら勝てたと思っているのだ。

 

「それでも、悪くない。名前はなんという?」


「ああ……リンシュア」


「へえ、君はリンシュアというんだね。よし、できるだけ覚えておくよ」


 アンドリューはこの女と体を重ねておきながら、名前も知ろうとしなかったのだ。

 しかし、悪霊に人の道を説いても虚しい。


「じゃあ、ノラさんもアンドリューもリンシュアを勧誘するってことでいい?」


 僕の問いに二人は反対らしい意思を見せなかった。


「ええとリンシュア、そっちがノラさん。それがアンドリュー。それから僕で三人のパーティなんだけど、とりあえず僕たちのパーティに入ってくれない?」


 いつまでかはわからない。

 もっといい人がいれば入れ替わってもらうかもしれないし、彼女が僕たちよりよほど有望な連中を見つけて、そちらのパーティに入れてもらえるのなら、捨てられるのは僕たちになるはずだ。

 

「ああ、うん。よろしく」


 リンシュアは頷く。こうして、とりあえず前衛の椅子が一つ埋まったのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――


(以下作者より:イワトオだより)


 読者の皆様、お世話になっております。

 ここまでお読みくださりありがとうございます。

 さて、先月に本作『迷宮クソたわけ』と『はぐれ者共、銃を撃て』が同時発売され、一か月が経過しております。

 皆様におかれましては、チェックしていただいたものと信じておりますが、もう一点。

 本作に関するクラウドファンディングについてのお話もしたいと思っております。


 商業出版というものは大勢の人間が関わりつつ、収益を目指すものであり、それが絶たれるということは当然に、プロジェクト自体が凍結にいたる判断材料になります。

 事実として、本作は八年ほどまえに金の匂いをどうしても掻き立てられず、発売即打ち切りの結論をいただいています。

 今回につきましては、現在のところ続刊をお願いする予定ですが、人気次第で紙の本になるとか、三巻はどうなるかとか、いろいろな判断が付きまとうのです。

 そんなわけで、本作を特に篤く応援いただいております最新話まで読破なされた読者の皆様におかれましては、ぜひとも本作クラウドファンディングに関してのご協力をお願いしたいと思います。

 締めは九月の頭ですので、八月の内に……

 詳細につきましては、私の現Xのアカウントに固定ポストとしてぶら下がっております。


 それから、私も諸々とやっておりますが、カクヨムネクストにおきまして『混沌ウロボロス』という作品も連載をしております。

 こちらもぜひとも頑張っていきたいと思っております。つきましては、気楽に一話を呼んでいただくのが一番の応援になりますので、お気軽にお読みいただき、評価やコメントなどをお願いいたします。


 暑い夏は過ぎつつありますが、まだ残暑が厳しいころでありますので、読者の皆様にはこれからも熱中症などになりませんよう油断せずに季節とお付き合いください。

 私も筑後平野をのそのそと歩くカバとして、筑後川の底にでも沈みながら上手くやり過ごしていきたいと思っています。

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