第584話 適任

 騒動が終わるとはどういうことか。

 果たして、連綿と続く物事に終わりや落ち着きがあるものか。

 僕は他の教授騎士たちと別れ、サンサネラとヒョークマンを連れて道を歩き出した。


「本当に、ヒョークマン君もよく帰って来たね」


 道すがら、僕はヒョークマンに話しかける。

 彼が負った怪我は僕が治したが、衣服は壁に突っ込んだ時に破れたらしくボロボロだった。


「戦争に負けるもんじゃないですね。残党狩り自体は、所詮雑兵連中が相手だから返り討ちにしてやったんですけど、なんせ目的がなくなったものだから仲間割れしちゃいましたね。一応、俺も隊長という立場でしたけど、それも結局は軍隊があってこその立ち位置というか、他の連中も言うことを聞かなくなってくるし、西に逃げるって連中とここに戻ると主張した俺、それからその辺の盗賊団でも乗っ取って凌ごうって奴らで別れまして」


 まったく悲観した様子のない口調でヒョークマンは言うのだが、もしかするとその折々には冗談では済まされないような凄惨な状況が広がっていたのかもしれない。


「とりあえず実家に寄ろうかと思うんですけど……それから仕事も探さなきゃな」


 彼はもともと、この都市の出身だし、家柄も悪くない。

 なんせ教授騎士に大金を払って教育を受けた身である。

 政情が不安定で物品が不足したりもしたとはいえ、金を持つ者は飢えにくい。

 彼の家族はおそらく、変わらずに生活しているのではないだろうか。

 

「仕事はあるだろうさ。アンタ、腕利きだろう。こっちの軍隊でも重宝されるだろうし、アナンシさんの商会で用心棒の口もある。旅に出たいなら隊商の護衛だって選びたい放題だ」


 新西方領軍の最前線でヒョークマンに面識のあるサンサネラも口を挟んだ。


「ううん、戦場はもう腹いっぱい堪能したし、人に使われる勤めも飽きたんだよな。なにか、身一つで商売でも始めたいんですけど、先生なにかいいのがありますか?」


 簡単に言われても困る。

 この都市は既に多くの人間が暮らしており、簡単に始められそうな商売には先駆者がいる。

 そうして、そういった商売は押し並べて新規参入者が排斥されるものだ。

 だから、僕も商会を経営する時には株なんてものが必要になったのである。

 

「まあ、露店の物売りか屋台の料理人くらいなら」


 消費者が大多数を占めるという土地柄、需要が旺盛な小売商も、店舗を構えない程度のものなら顔役に挨拶をするくらいで参入出来るとはいう。

 しかし、それは逆に不安定な上に薄利な商売を強いられるということであり、旨味は少ない。


「軍隊にいたんで、料理は得意ですけど……露店か。親父が許すかな」


 苦笑しながらヒョークマンが頭を掻く。

 確かに、その日暮らしの露天商を始めようとすれば、それなりの家格だと止められる可能性もある。

 しかし彼は露天商どころか、それよりもずっと下の奴隷に教えを乞うて達人冒険者になったのだから、今更ではないかという気もするのだけど。


「まあ、ゆっくり考えますよ。しばらくはその辺を歩いて不良やったっていいし、ダラダラと過ごすかな」


 それも生き方ではあろう。

 何より、凄惨な戦場から戻って来たばかりだ。彼が休養を取ることに文句を言う者はいない。


「丁度、この街の裏家業は空白地帯になったところだし、大きな機会かもしれないけど……」


 僕はぼんやりと話しつつ、頭の隅に何かが引っかかっていた。

 何か、彼に向いた仕事があった気もするのだが、それが出てこない。

 

「アナンシさん、そういやアッシは子供たちに土産でもと思って果物を買ってたらさっきの騒動に巻き込まれたんだ。帰るんならその辺でなんか、買って行かなきゃねえ」


 サンサネラは言うのだけど、露店のほとんどは先ほどの騒動で店を閉めて避難してしまっており、残っている屋台には先ほどの戦いに参加し、興奮冷めやらぬ新人冒険者たちが群がって酒を飲んでいた。

 いつもならその辺で買える食べ物の入手は、少なくとも表通りに限っては難しそうだ。


「ああ、そうだ。そこら辺の裏道に美味しい食堂が……」


 そこで何か、持ち帰りの料理を作って貰えば。

 そう思った瞬間、糸を引っ張る様にいろんな記憶が思い起こされた。

 僕はその店の料理を誰と食べたのか。

 そうして、なぜその店に行ったのか。

 思わず足を止めた僕をサンサネラとヒョークマンが怪訝そうな表情で見つめていた。


「ん、どうしたんだい。アナンシさん。ほら、そこら辺なら案内しておくれよ」


 サンサネラに促され、僕は裏通りへと足を進めた。

 すると、すぐに目的の店を見つけることが出来た。

 小さな食堂。中年の男が営む一膳飯屋。

 

「ああ、あそこですね。俺も丁度、なにか喰いたかったんですよ」


 店を確認するとヒョークマンとサンサネラが入っていく。

 店主は先日顔を合わせた僕のことを覚えているらしく、会釈で迎えてくれた。

 サンサネラは持ち帰り用の料理などを注文し、ヒョークマンは簡単な総菜を選んで食事の準備を始める。

 同じテーブルに三人が着いて、僕はヒョークマンに言葉を投げかけた。


「ねえ、ヒョークマン君。君に頼みたいことがあるんだ」


 運ばれてきた酒を口に運びながらヒョークマンの視線がこちらに向けられる。


「しばらくでもいいからさ、ノクトー流剣術道場の師範をやってくれないかな」


 僕がまだ駆け出しのころ、ノクトー流剣術道場の看板はベリコガによって掲げられたのであるが、その直後に、他ならぬブラントの尽力でそれなりに名を馳せたのである。

 初心者や子供向けの武術道場とはいえ、ヒョークマンが知っていてもおかしくはないが、やはり知らないらしい。

 僕の申し出にヒョークマンは眉間に皺を寄せ、小首を傾げるのだった。

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