第567話 秘密の部屋の秘密

『秘密の部屋……立入禁止予定』

 そんな看板が扉の前にあり、もう既に嫌な予感しかしない。

 しかし、僕の逡巡などオルオンが気にする訳もなく、散歩へでも行くように扉を開けた。


「これは……呪いですよね」


 薄暗い部屋には所狭しと様々な武具が並べてあり、その全てが呪いを受けていた。


「流石だね、御頭」


 オルオンは笑いながら呟いた。その口調はどこかバカにしているようにも聞こえる。


「呪われた装備品といえば、間違って装備してしまうと解呪するまで自分からは外せないというのが基本だが、俺はこれが広義の魔法ではないか仮説を立てたんだ」


 言われるまで考えたこともなかったが、それは確かにそうだろう。

 僕たちの運用する魔法とは全く別の理屈だが、武具に蓄積された魔力が働いていることは想像がつく。


「エネルギーというものは濃い方から拡散し、均一になるまで薄くなるものだ。熱でも音でも高低差でもそこに違いはないが、では魔力ならどうか。御頭、アンタは北方で魔力を使い果たし、倒れたそうだね。なぜだい?」


 なぜ、と言われても困る。

 順応を進めた結果、定期的に迷宮の魔力へ浸るのが不可欠な体に変わってしまったからだ。

 しかし、オルオンはそこで思考を止めず、考え続ける。それが宿命であるかのように。


「特に呪われた武器や防具だと、常に魔力を発していなきゃならん。装備してしまった人間の手足から離れない為にな。その場合、魔力の源として考えられるのは『蓄積された魔力を使用する』『装備者から魔力を得る』『迷宮に偏在する魔力を使用している』などが考えられる訳だが、人を雇って呪いの装備品を身につけさせたところいくつかの傾向が見えてきた」


 そう言うと、適当な首飾りを一つ取り上げグランビルの首に掛けた。

 しかし、グランビルは事もなげにその首飾りを外し、元のフックに引っかける。


「このように、呪いが発現しない個人差もあるが、それは置いておく。それで現在のところ最も正解に近いと思われるのは、雑に表現するのなら推測の全てが複合的に働いているようだった」


 果たしてこの男はその結果に至るまで、何人の人間を雇い、どのくらいの費用を投じたものか。いつも陽気さを帯びる口調からはまるで読み取れなかった。


「まず、地上にいる迷宮とは直接関係のない者に装備させた場合、早い者なら一ヶ月程度で、時間が掛かるものでも数年で勝手に外れた。この期間は主に装備品を拾った階層の深さに比例していた。武器防具、あるいは装飾品での差は見られなかった」


 被験者は十分な謝礼を貰ったのだろうが、数年も外せない装備品を着けさせられた者は、特に武器なんか持たされた者はとんでもない生活だったのではないだろうか。


「次いで、冒険者を辞めるという者に提示して協力して貰ったが、これは特に順応の度合いに応じて期間が延びていった。一度冒険者になっても、駆け出しで辞めた者なんかは一般人と有意差は観測できなかった。ちなみに、職能に起因する差も無しだ」


 オルオンはシャツのボタンを外すと、左の脇腹を晒した。

 そこには毒々しいほどの深紅に染まる宝石が埋め込まれていた。


「それで、最後だが高度に順応の進んだ、迷宮に潜り続ける者が装備している場合だが、もうこれは六年くらい着いたままで外れる気配もないどころか、呪いの力は強まっている」


 ワッハッハと笑いながらオルオンは自らの腹に埋まった宝石を触ると、呼応する様に深紅の中に気泡が浮いて消えた。


「まあ、コイツも突き詰めるとどうなるか興味はあるんだが、それはまた別の話だ。要は、呪われた装備品というのは魔力が十分に補充されない場合、徐々に魔力が抜けて普通の武具や装飾品になっていくということだ」


「……そんなことより、痛くないのか?」


 ボルトが顔を顰めて尋ねた。真っ赤な宝石からはどう見ても根の様なものが出て皮膚の下を這っている。


「ん、痛いよ。額飾りとか耳飾りとか、指輪なんかの類いはこうやって取り付くものもある。それで体力を奪い続けるものもあるんだが、そういったのは着用者が死んでしまうので長期的な観測が難しい。もちろん『力を奪う』系の呪いは奪った力がどう働くのか、興味深いんだが……コイツは装備した者を錯乱状態に陥れる程度の可愛いヤツだが、長く飼っていると根っこがデカくなってね。俺の体にはコイツの根っこがビッシリさ」


 錯乱の宝珠としても取り付いた相手が元々錯乱しているオルオンだったのが運の尽きだったのかもしれない。

 僕はなんとなく、呪われた宝珠に同情してしまった。


「それで、まあとにかく呪われた武器や防具に蓄えられた魔力は徐々に、揮発していくのが解ったので、この部屋を作ったわけだ。そうすると部屋には漏れ出た魔力が充満していき、ほら、楽しいだろ。地上で魔力のある空間」


 シャツのボタンを留めながら、オルオンが微笑む。

 楽しくは決してないが、それでもオルオンがなんだか物凄い男なのは理解できた。

 物凄く、どうなのかについては上手く説明できないのだけど。

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