第525話 対称思考

 夜も深くなり、篝火が焚かれて城壁の補修や水堀の拡張が続けられている。

 苛烈な労働だけど、蛮族の侵攻に命を脅かされていることと、まだ初日だからか文句を言う者はいない。

 

「アナンシさん、休まないんですか?」


 作業状況を堀の外側から眺めている僕にゼムリが心配そうな声を掛けた。

 僕は昼間の戦闘をほとんど見ていただけだったのだけれど、それでも熱気と血に当てられて疲れてしまっていた。

 興奮が引いたためか、戦っていた連中もほとんど全員眠り込んでいる。

 

「初日の夜くらいは起きていようと思ってね。昼間に走り回ったわけじゃないし」


「私は走り回ったんですけどね」


 付き合わされるグロリアがぼやく。

 確かに昼間の彼女は奮戦し、出城の防衛戦で大勢の敵兵を打ち倒したのだと他の者から聞いていた。

 

「でも他に僕の部下はいないからさ、もう少し付き合ってよ。寝てていいから」


「朝まで見張って、それでまた一日中戦うんですか。敵よりもあなたが恐ろしいですよ」


 兵の常道でいうのならグロリアが言う方が正しい。

 背後には町があり、しっかりと休養できる施設があるのならそれを利用して休養させるべきだ。だけど僕は責任者であって兵士ではない。彼女も僕の副官である。

 苦々しく笑ったグロリアは地面に寝っ転がる。そうして、毛布を被るとすぐに寝息を立てだした。旅を住処にする宣教師なので、案外とこういう休憩も慣れているのかもしれない。

 

「さて、そんなわけでゼムリ。見張りをよろしくね」


 僕も簡素な椅子に腰掛けると暗闇を見つめた。

 僕の部下である冒険者上がりの精鋭たちはほとんど、嫌がらせのために敵の陣地へやってしまった。盗賊団や傭兵団の連中も多少は相手に負担を与えているだろう。

 そうして、こちらがやることは向こうもやるのだ。

 夜風が急速に冷たくなって行く。空気の匂いも東方領とは大きな違いだ。


「今日、来ますかね?」


 ゼムリの問いに僕は首を傾げた。

 来るも来ないも向こうのさじ加減一つなのだ。

 だけど、僕が相手なら今晩のうちにやる。


「この川を明日、渡れるならそれに越したことはないだろうから、来るかもね」


 ゼムリも椅子に座り、二人の間を沈黙が埋めていく。

 早く来るのなら目的は作業の妨害だろうし、もっと遅く来るのならひっそりと侵入しての人員殺害が狙いだ。

 前者はともかく、後者は精鋭が決死隊として派遣されてくる。

 数万人の軍隊から選りすぐられた精鋭はどんなものだろうか。果たして、大勢の魔法使いの中でも頂点に近いと言われる僕とどちらが強いのか。

 よく見通せる暗闇の中で、戦争よりも迷宮に近い戦いに少しだけ期待する僕がいた。


 ※


 来た。

 星が流れ、しかしまだ夜明けには早い。そんな時間帯になって平原のずっと先から二十名程の一団が身をかがめて走って来ていた。

 いずれも黒ずくめで、音を立てるのを嫌ってか皮鎧程度の防具しか着ていない。

 僕は魔力を練って迎え撃った。


『極熱波弾!』


 敵が射程距離に入った瞬間、僕は最上級の攻撃魔法を放った。

 猛烈な灼熱を放つ魔法は直撃すれば十分に人間を消し炭にする。

 が、襲撃者たちは一斉に地面へ伏せた。熱は可燃物を燃やしながら広がるが、大半は上空へと逃げていく。限定された迷宮内ならともかく、外では低く伏せられると威力が激減してしまう。

 魔法が過ぎ去ると半数ほどの敵が頭を上げてこちらに向かってきた。

 撤退前に僕はゼタを通して同じ魔法を既に使っている。おそらくその現場を見て、攻撃の特性を推理し、準備してきたのだろう。

 飛び起きたグロリアが剣を引き抜いて戦闘準備に移る。ゼムリも既に短剣を二本、構えていた。

 巨大な炎に背後がざわついて行くのを感じる。

 彼らに落ち着いて退避するように指示する時間はない。

 努力を積み上げて築き上げた戦闘能力を誇る者同士の決闘はどちらかがそれを台無しにされて終わる。そういった意味では迷宮の戦闘に近い。

 二発目の魔法を唱えるよりも早く襲撃者はゼムリやグロリアと切り結んだ。

 一歩遅れた敵の上半身に大きな穴が空いて倒れる。

 城壁に伏せさせておいたモモックの支援攻撃である。

 

『灼炎!』


 暗闇に目も眩まんばかりの炎が吹き出し、襲撃者の一人が燃え上がった。

 こちらは範囲魔法じゃないのでたとえ伏せられても威力は減衰しない。

 前衛の二人は切り結んだ相手と互いに致命傷を与えることが出来ずに噛み合っていた。

 アスロを撥ね除けていたあの大男は来ていない。が、それは目の前に来ていないだけで少し離れて見ている事は考えられる。

 

『多頭竜よ!』


 見られても対策の打ち様がない攻撃を選ぶ。

 僕の魔力により召喚されたのは牛ほどの体から不釣り合いな程に長い細い首が七本も生えた魔物だった。

 成れ果て狩りによって得た知識と、『学者』のオルオンが快く教えてくれた秘術を合成して作った独自の怪物である。

 体の中に核が埋め込んであり、僕の指示によって敵と味方を区別することもできる。

 多頭竜はそれぞれの首がギョロギョロと周囲を睥睨すると、素早く首を伸ばしてゼムリと切り結んでいた襲撃者も含めて三名の敵に噛み付いた。

 犬のそれと同じ大きさの顎に噛み付かれた者たちは牙から送り込まれる毒により、カッと目を見開いたまま倒れた。

 強烈な神経毒であり、噛まれた者は数分で死ぬだろう。

 およそ戦場では弓矢の的になりやすくハッタリ以上の効果が望めない召喚獣も、使いどころを選べば無傷で使い回せる。

 グロリアと打ち合っていた襲撃者をゼムリが背後から刺し、第一陣は片付いた。

 先ほど伏せて立ち上がらなかった連中の内、半数が立ち上がってそのうち一人が背後に向かって勢いよく逃げ出した。

 恐怖によるものか、誰かになにかの報告する為か。

 しかしその頭部は僕の外套からフワリと飛び出したコルネリがもぎってしまったので、彼のいかなる真意も果たされることはなかった。


「チッ!」


 舌打ちして残りの連中が襲いかかってくるが、モモックが一人を、グロリアが二人を。残りを多頭竜が殺してひとまずの戦闘は決着したのだった。

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