第491話 放浪者たち

「そんなわけで、これの半分を積んでください」


 僕は人夫を引き連れて後からやってきたシアジオに告げた。

 穀物倉庫には荷車にちょうど収まるほどの量の小麦が積んであったが、僕たちの取り分は半分なのだ。

 

「支払いはどうしますか。コイツらの討伐費と相殺ってことでもいいと思いますけど」


「いや、相場の八掛けぐらいは払っといてよ」


 どうせ、仕入れ額については領主府の払いになるのだ。

 わざわざ僕が嫌われる事もあるまい。

 僕の指示に納得したのか、シアジオはきびすを返して部下に指示をとばし始めた。

 ゲェ、と鳥が潰される時の様な声がして振り向けば、用心棒連中が倉庫の梁に引っかけたロープを引っ張っているところだった。

 反対側には制圧した傭兵団の一人がぶら下がっている。

 ほんの一瞬、バタバタとしていたが後ろ手に縛られている事もあり、すぐに動かなくなってしまった。

 

「とりあえず、ああやって三つも吊せば格好がつくでしょう」


 グェンは僕のそばでつぶやく。

 

「偉そうな方から三人、やっちゃおうかと思ってます。虐げられた連中の手前もあるし、残った連中の口も軽くなる」


 淡々と、事務的な口調で説明するグェンに僕はなんとなくガルダの影が見える。

 今回は用心棒連中の活躍でほとんど戦闘が終わってしまった。

 彼らの連携はよく取れており、僕なんかほとんど手を出す場面も無かった。

 そうして八十人ほどいた傭兵団は三十人を残して屍をさらしている。

 そんなことをぼんやりと考えているうち、梁からぶら下がる死体は三つに増えていた。


「残った連中は適当に尋問して農民に引き渡します。こいつらは地元の連中じゃないらしいですから」


 グェンがとりあえず聞き取ったらしいことを僕に教えてくれる。

 だとしたら山岳部の小さな盗賊団よりも扱いは簡単だろう。

 引き渡された連中がどのような目に遭うかも、彼らが積み重ねた行動と村民たちの意志次第なので僕が知ったことではない。

 

「会長はそういったわけで、その辺の村と話をつけてください」


 そう、この穀物倉庫にいた連中が君臨していたのは僕たちが訪れた農村だけではなかった。

 グェンは傭兵たちの頭に布袋をかぶせると、後ろ手に縛り、足首も封じてからそれらをロバが引く荷馬車に積んだ。

 一台には乗りきれないので、都合三台の荷車に傭兵たちを満載して僕たちは先ほど、話を取り付けた村に向かう。御者はグェンと彼の部下二人である。

 高台の穀物倉庫から緩やかな下り坂を下って行くと、農村の広場に僕たちのものとは違う馬車が見えてきた。

 それも数十台は並んでいる。

 馬車はどれも屋根付きの華美な装いで、屋根の上にはすべてこぼれんばかりの荷物がくくり付けられていた。

 

「ありゃぁ、西のジプシーですね」


 グェンの言葉に嫌な記憶が思い起こされる。

 ジプシーといえばエランジェスの配下としてブラントに遣わされた連中じゃないか。しかし、ジプシーのすべてがエランジェスの配下でもないし、こんなところまで僕を追いかけて来た訳でもないだろう。

 

「アイツら、扱いが面倒なんですよね」


 世慣れた様子のグェンが複雑そうな表情でつぶやく。

 

「それは、揉めるから?」


 思わず僕は質問していた。

 彼らは移動生活者であって、僕たちのような商売のために移動はしても、本質的な定住者とは基本的な価値観から違う。

 そりゃ、近づけば揉めることもあるだろうけど、そうなれば追い払うなり僕たちが移動するなりで距離をとればいいのじゃないだろうか。

 

「そりゃ、そうなんですけど……アイツらを邪険にするのは危険なんですよ。もちろん、それしか方法がなけりゃ、皆殺しにしてでも追い払いますけどね。だが、できれば無用な角は立てたくないっすね」


 そう言って、グェンは深いため息を吐いた。

 

「しかし、アレですよ。まず間違いなく話しかけて来ますがね、強欲な連中ですから、半端な回答は避けてください。つけ込めると踏んだらドンドン詰めてきますから、強気を崩さないで」


 なんだか、警戒心をあらわにするグェンに気圧されて僕は曖昧に頷く。

 どうしたものかと考えあぐねているうちに村へ到着し、広場を通るとニヤニヤと笑う男女が荷馬車の左右を取り囲んだ。

 中には進路を塞ぐように立つ連中もいて、グェンは舌打ちをして荷馬車を止める。


「坊、飴玉あげるで」


 一人の男がそう言うと小さな小袋を投げて来た。

 受け取ると、確かに飴が三つ入っていた。


「兄ちゃん、酒はいらんか?」


 少年がグェンに向かって酒壺を振ってみせる。

 

「いらん、どいてくれ!」


 怒鳴るグェンにかまわず、女が前に回り込んだ。

 

「花も売るわ。一番花、買うたってや」


 女はそう言ってしなを作って見せるが、どう見てもその道のベテランといった風体だった。

 そのほかにもジプシーたちは好き勝手に騒ぎ続ける。

 何度グェンが道を空けろと言っても聞く者はおらず、むしろ喧噪はひどくなっていく。

 と、グェンは突然座席の上に立ち上がると、手近な男を蹴り飛ばした。


「よし、わかった。喧嘩売ってんだな。買ってやるよ、まとめてかかってこい!」


 ついさっきまで僕に揉めるなと言っていた男の額には青筋が立ち、目は怒りに血走っている。

 同時にジプシーたちの目つきも瞬時に剣呑なものになり、群衆に飛び込んでいったグェンとジプシーの男たちとで乱闘が始まるのだった。

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