第482話 君命
大規模に兵士募集が行われ、それに応じた北方難民の大多数は南方にある港町へ繋がる街道の拡張整備工事に動員された。
てっきり、集められた軍団の練兵などが教授騎士に飛んでくると思っていたので、僕は拍子抜けしてしまった。
※
領主府の領主専用応接室でロバートは極秘と書かれた地図を眺め、唸ってた。
地図とはいってもざっくりとしたもので、方角に大きな川や山脈、町や村の名前が書きこんである程度の大雑把なものだ。
そこに様々なことが所狭しと殴り書きしてあるが、一体なにを悩んでいるものか僕には見当もつかなかった。
「それで、なんで道路整備なんですか?」
結局、なぜ呼ばれたのか用件を訊ねなければ帰ることは出来ない。
多忙な身でもあり、無為に過ごしたくはないし、密室でロバートと過ごすのは嫌で仕方がないので質問を投げかける。
「そりゃあ、練兵する余裕がないからだ」
ロバートは顎を掻きながら答えた。
「この都市の状況から言って、難民にタダ飯を食わせ続ける心理的余裕がない。既存の市民は従来の生活から大幅に我慢させられているのに、アイツらは何もせず生活が保障されている。そうすると既存市民と難民の間に亀裂が入るだろ。それは、新たな問題を引き起こす。だから、難民に軍役を負担して貰い、その対価として生活を保障される形にしたいわけだ。しかし、軍事訓練をするにはそれなりの教官が必要だから、今は教官の教官として西方領出身傭兵を招聘しているところだが、その間も兵士には何かさせなくちゃ市民は納得しない。だから、南方貿易にも使える街道の整備をやらせているんだよ」
わかったようなわからないような説明に、僕は曖昧に頷く。
「ただ、土木工事もその後の兵役を見据えて、五人一班で活動させている。共に苦役を乗り越えることで多くの場合は連帯感が生まれるからな。案外、連帯感を持っているとすんなり敵を殺せたり、戦場でも取り乱さなかったりするもんだ」
それは少しわかる気がした。
僕だってシガーフル隊にいた頃は仲間が大切だと思っていたし、仲間たちの為ならそれ以外の人に対して残酷にもなれた。
「六個班で一個小隊、四個小隊で一個中隊、三個中隊で一個大隊として組織が大きくなっていっても、結局は班が最小単位になる。今後、練兵も実戦も何もかもだ。全員で死に、全員で生きるくらいの連帯感を持たせることが出来れば軍は強くなるだろう」
「あの、それだと僕たちが育てている達人冒険者の扱いはどうなりますか?」
一応、教授騎士の首領としてはその辺りを確認しておかなければならない。
「もちろん、精鋭兵士も多いに越したことはない。一大隊に二個班は精鋭兵士による班を結成できれば大隊ごとの活動が大きく助けられるだろう」
ロバートは頼もしい口調で言うのだが、その目線は冷たい。
言葉は本音ながら、精鋭兵士の存在に拘泥はしていないようだった。
「王国本領軍、西方領軍、反乱軍のいずれも迷宮順応をした精鋭兵士の数は減る一方だが、うちだけは補充が利く。それは利点だしな」
笑いながらロバートの指が地図の一点を指した。
北方領に入って最初の大平原地帯だ。
「とりあえずここだな。カジオウム平原、北方領の一大穀倉地帯。幸い、早々に山賊団によって占拠されたから農村部の倉庫には売り物としての穀物が残っているだろう。オマエ、行って買い付けて来てくれよ」
あっさりと放られた命令に僕は面食らった。
「そういうのは、僕じゃなくて他の商人に……それこそ僕の御主人とかに頼んでもらってもいいですか?」
しかし、怪訝な顔を浮かべているのはロバートも同様であった。
「いや、別に構わんがオマエが商人に成りたいというから、日頃の褒美も兼ねて仕事を頼むんだが」
ああ、そうだった。
バタバタしていてすっかり忘れていたのだけれど、商会株を購入したのだった。
商人として人を集め、物を商って利益を重ねる積もりだったのは間違いない。
「やっぱりやります」
訂正すると、ロバートは満足そうに頷いた。
「最初にある程度の仕入れ費用は出そう。それを考慮し、経費を計上して値段は決めてくれ。損は飲まなくていい。こっちで全量を買い上げ、市場に卸すから」
危険地帯を行くことを考慮すれば人足たちにも手当をはずまなければ成らない。しかし、ロバートはその辺りも折り込み済みだろう。
ということは、小麦の買い付けさえ成功すれば確実に利益が出せるという事ではないか。
「農村や衛星都市を巡って可能な限り買い集めて来いよ。小麦に限らず、日持ちする物は野菜だろうが砂糖だろうが、干した果物だろうが何でも買ってこい」
ロバートは嬉しそうにカジオウム平原と書かれた山脈の合間を丸で囲む。
確かに、この迷宮都市には食料が不足しているので、その意気込みは分かる。
ロバート自身が食料の過剰な買い上げは飢餓を呼び、農村を疲弊させるとして禁止していたのだが、北方領のそれも群盗が支配する地域など疲弊してくれた方が都合もいいのだ。
そう言った意味で、今回の買い付けは戦略的行動でもある。
「もちろん、安くすむのならそれに越したことはない」
念を押すようなロバートの言葉に僕は頷く。
「わかりました。任せてください」
汗水垂らして作り上げた作物ならいざ知らず、農民が育てた麦を山賊たちが奪ったのだ。うまくやってのけても胸は痛むまい。
誰を連れていくかを考えながら、僕は部屋を辞すのだった。
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