第445話 思い出の領域
金額の話し合いが終わり、セアイブルは納得したのか部屋を出ていった。
後程、きちんと支払いに関する契約書を取り交わし、その名目は相談料となるらしい。
更に待っていると、部屋にはモモックが入って来た。
「よい、アイヤン。飯は食うたね?」
手には焼き菓子の様な物を持ち、口元と頬にはジャムを付けている。
「いるとやったらアンタの分もとってきちゃるばってん」
彼の親切な申し出を僕は丁重に断った。彼が顔を突っ込んだジャムの瓶を持って来られても困る。
しかし、まだ契約締結前だし初回の相談料を貰っていないのでお菓子の窃盗事件をセアイブルに忠告する義務は発生していないだろう。
モモックは僕の向かいに座ると、焼き菓子の残りを口に突っ込んでこれもどこから持ってきたのかわからない布で口まわりを拭った。
「しかし、アレやったね。拷問部屋ば覗いて来たとばって、惨かったね。そんで、シアジオやらいうオッサンが震えながら見よったよ」
ということは半分死にかけていたシアジオにも怪我の措置がなされ、どこかへ遊びに行っていた精神も引き戻されたのだろう。
などと考えていると、部屋にロバートが入って来た。
「まあ、予想通りの結果だったよ」
そう言いながらモモックの隣に腰かける。
「あの刺客は話したんですか?」
「人間は苦痛に屈するものだ。たとえ、自ら命を絶つくらいの気概を持ち合わせていようと、残念ながらな」
ロバートは皮肉に笑って、小さな肉片を差し出した。
机に置かれたそれを見て、僕は驚く。
耳の欠片だ。
「ついでにシアジオにもわずかながら苦痛を与え、屈して貰った。無自覚とはいえ大逆に関わったのには違いないからな」
もともと欠けていた耳だったが、回復魔法で復元されたのだろう。それを再び切り抜いたということか。
「死罪は勘弁してやる。代わりに俺の在任中は、御用聞きをさせることにした。案外と商売を出来る人材は貴重だし、このご時世なんでな」
拷問を見せつけられた後に、耳を切られながら何かを要求されればシアジオに嫌も応もなかろう。
「それならよかった」
僕は本心から呟く。
多少不自由になろうが、命を落とすわけじゃないのだから儲けものであろう。
僕なんて奴隷になって生きていたのだ。
「当面は護衛でも付けて南方貿易だろう。オマエ、見張り役をしないか?」
彼の申し出を僕は丁重に断った。この場合の護衛とは文字通りシアジオを守る他にも、シアジオの裏切りや逃走を防ぐ見張り役も兼ねるのだろうから。
「そいで、喧嘩を売って来たとは誰やったとね?」
モモックが背もたれに体を倒してロバートに尋ねた。
「あの、じゃあ僕はこの辺で。モモック、こっち側に座りなよ」
陰謀の内実など知りたくもない。
しかし、ロバートは僕の心のうちなど知らぬというように、こともなげに口を開いた。
「今回は兄貴だ」
「へぇ、兄弟喧嘩や」
モモックが楽しそうに笑う。
刺客を送られて何が楽しいのか、僕には理解できないが案外とロバートも楽しそうだ。
「そうなんだよ。兄貴は二人いたんだが、上の兄貴な。どうも細かくて、俺がガキの頃になんだったかで鼻っ柱を叩き折ってやったんだけど、それをまだ恨んでるんだろう。俺が十代半ばの頃で兄貴は八つも上だぜ。折られる方が悪いだろ」
僕は席を立つ機を失い、下唇を噛んだ。
「でん今回は、ちゃなんね。他に刺客送ってくる知り合いがおっとね?」
「実家を出奔してすぐの頃は親父も送って来たな。そういや下の兄貴なんて手勢を率いて自分でやってきてな。まあ、そりゃその場で腕の一本も斬ってやったらそれで諦めたみたいだったからあっさりしたもんだったけど」
「いったい、故郷で何をしでかしたんですか?」
関わるまい。そう思いつつ、僕は耐えられなくて聞いてしまった。
好奇心に負けた自分に悪態を吐きたくなる。
「別になにも。しいて言うなら何人か殺したが、そんなことは問題じゃない。俺は領主の一族だったからだ。一番の問題は現在の西方領主、つまりは俺の爺さんだが……順当にいけば親父が継ぐはずの家名をどうも俺に継がせたいらしい」
ロバートは面倒そうに言って頭を掻いた。
かつて聞いたところによればこの男は西方領の第四位継承権を持っていたはずだ。
一位が父親、二位が長兄、三位が次男だろうか。
しかし、当代が指名したらどうなるのか。そんな雲の上の制度に知識がなく、僕はよくわからない。
「そんなのに興味がありゃ、実家を出てねえってんだよな。刺客はまだいいけど、爺さんの使いは無碍に追い返せないし対応が面倒だし。だから下の兄貴を追い散らしてからはアンドリューと一緒に偽名を使って隠れてたんだ。頼まれりゃ、仕方ないから表に出たが、国中に俺の居場所を喧伝したのと一緒だからな」
ロバートを裏から引っ張り出したのは僕で、そういわれると責任も感じずにはおれない。
しかしながら、アンドリューから受け継いだ記憶にそのあたりの記憶がまるでなく、本当に初耳であることにも驚いた。
ロバートの生い立ちを考えれば彼の発言は不自然じゃないので、アンドリューは本当に、ロバートに対する興味をまるで持っていなかったのだ。
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