第439話 追跡部隊

 失敗したな。

 迷宮で前を歩く三人を見ながら僕は頭を掻いた。

 左端を歩くジャンカはまだいい。

 ものはついでだと誘った右のグロリアもまだ、いい。

 しかし、真ん中を歩くのは僕の予定だとサンサネラだった筈で、それがロバートに代わってしまったのはいただけない。

 グロリアの方でも難民を受け入れるというし、稼ぎはあった方が良かろう。それから再度命を狙われては困るし、迷宮行に同行し関係改善などできれば尚、よかろうと思ったのがそもそもの失敗だった気がする。

 あれもこれも効率よく、などと夢を見ればそれは失敗するものだ。

 グロリアとしては僕と同行することさえ感情が拒否するのに、僕と親しい者の同行は嫌だというのだ。

 では仕方がないのでこの話自体を無かったことに、と水に流し掛けた頃さして親しくない、見た目は偉丈夫然としたロバートが平民の服装でやって来たではないか。

 やはり一旦、水に流して。と提案する僕の言葉を誰も聞かず、この人なら大丈夫そうなどと、とんでもない目利きを発揮したグロリアと、話を聞いて面白そうだと乗り気を見せたロバートによって今回の迷宮行が実施される運びとなったのだった。


「大丈夫ですか?」


 隣でステアが尋ねる。

 グロリアの頭がまた沸騰してしまった時の説得要員も兼ねてステアがついてきてくれているのだ。

 

「まあ、どうにかね。さっさと行って、さっさと帰ろう」


 ステアの逆側にはシアジオがいるのだけれど、彼は冒険者としての訓練も積んでおらず、先天的な適正も皆無であったらしく、僕の持つ紐の片側を握って恐る恐るついてきている。

 迷宮内は魔力を吸って光る苔が群生しているのだけど、それで物を視認するのは、明るい場所で物を見るよりは難しい。

 しかしながら、夜になっても灯りなど着けることが許されず、暗闇で働かねばならなかった貧者や盗賊、夜間戦闘の訓練を積んだ武芸者にとっては闇夜より明るいのだから比較的、当たり前に動けるのも事実だ。

 もちろん、順応を進めば暗闇を見通す力は真っ先に強化されていくので最初に少し見えて、死ななければ順応の深化とともに特段の不都合は感じなくなっていく。

 ただ、今回に限っては悠長に順応を進めるでもなく、事前の訓練も積んでいないシアジオは完全なお荷物だといっていい。刺客の見分けに必要だとシアジオを連れてきたものの、これはアテが外れたのかもしれない。

 

「アナンシさん、お願いします。手を放さないでくださいよ」


 シアジオは哀れに言うのだけど、僕だってそこまで非道ではない。

  

 ※


 魔物を避け、人間に遭遇する。


「違うな」


 吐き捨てながら振るわれたロバートの豪剣は、おそらく近隣の物盗りと思われる男を一撃でバラバラにした。

 ギョッとしたまま身を固めている物盗りの仲間たちを、続くジャンカの曲刀が撫で殺し、残った一人をグロリアの直剣が貫いた。

 接敵から一呼吸で戦闘は終了した。


「え、なんですか。なにがあったんですか?」


 音だけで周囲を窺うシアジオは慌てて首を振っていた。

 

「始まったから、後に続きましたが本当に違ったんですか?」


 細身の直剣を鞘に納めながらグロリアが尋ねた。

 グロリアはステアと同じような僧服を纏っているが、その下に鎧を付けているらしく体の形がボコボコしているし、籠手と金属で覆われた靴も覗いている。

 

「違ったね。顔は知らんが、もっと雰囲気のあるおっかない連中だった。すくなくともそこらの物盗りなんかとは別物だよ」


 ロバートも長剣を納めながら言う。

 その雰囲気のある連中を相手に奇襲を退けたのだから、おっかないのはこの男の方であろう。


「あら、あなたは御領主様が襲われた場に居合わせたのですか?」


 ロバートの正体を知らないグロリアが首を捻った。

 

「まあな。俺の本業は護衛の請負だが、今は情勢がら領主府に雇われている。これで、案外と生まれが良くて、いろいろと頼まれることもあるんだよ」


 グロリアよりもシアジオに正体を隠したいのだろう。ロバートは僕を見てニヤリと笑う。

 嘘は言っていないし、こちらとしてもシアジオの見定めを自分でやってくれるのであれば手間が省けるのであえて正体を明かす必要はないだろう。


「そうですか。しかし、付き合う人は考えた方がよろしいのではないでしょうか。ロバートさん。そちらの魔法使いさんは邪法を操る恐ろしい方ですよ」


 ロバートだって十分に邪悪で恐ろしいとは想うのだけど、一見して人当たりのいい穏やかな外見というのが人を騙すのだ。

 

「指導員先生はいい人だよ。僕を売ったけど!」

 

 ジャンカがフォローしてくれるのはいいのだけど、最後の一言は余計だった。

 グロリアの表情がサッと堅くなる。


「ステア、貴方は奴隷商に嫁いだのですか?」


 奴隷制反対の『荒野の家教会』信徒からすれば全く、奴隷商というだけで糾弾の対象にはなろう。

 

「誤解です、グロリアさん。僕は奴隷商ではありませんし、ジャンカの指導員として指導料を取り立てただけで」


「おお、あのときは参ったぜ。支払いを待ってくれって頼んだのに、あっさり奴隷商に債権を売ったんだもんな」


 楽しそうにロバートが言う。

 確かにそうだけど、今この形でそんなことを持ち出さなくてもいいじゃないか。

 グロリアの視線が鋭く突き刺さり、痛かった。

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