第440話 ポイズンアッシャー

 魔物か迷宮冒険者の腕利きであれば魔力の違いである程度、位置を読むことが出来る。

 だけど、そうじゃないからタチがわるい。


「じゃあ、一階は随分と巡って見たから二階に降りましょうか」

 

 僕は階段を指して一行に言った。

 既に数回、非組合員の連中と遭遇してこれを撃ち倒している。

 迷宮内を飛び回るコルネリもそれらしい者を見つけられないということは、一階にいないと見ていいのだろう。

 

「ヒ、もっと奥に行くんですか?」


 ロープの端を握るシアジオは狼狽えたように周囲を見回す。

 ただでさえ暗闇に怯えるシアジオとしては、これ以上奥に行くのには精神的障壁が立ちふさがるのかもしれない。

 

「この迷宮は奥に行くほど危険になりますし、報酬さえ頂けるんなら、僕としては撤退も異論はないですよ」


 優しく囁いてみた。

 僕が誘ったステアはもとより、難民を養うための報酬を求めて参加したグロリアだって文句はないだろう。


「ど……どうしたらいいんでしょうか?」


 シアジオは渋い表情で左右を見回した。

 すがる様に聞かれても視線があらぬ方を向いているので滑稽である。


「そりゃ、行くしかないだろう。邪悪な魔法使いの言葉に耳を貨して、このまま帰れば縛り首だぜ」


 いたずらっぽい表情でロバートが嘯く。

 縛り首にするもしないもロバートの胸三寸なので寸劇もいいところだ。


「逆に、襲撃者の一党を捕まえてシアジオさんが無関係だと証言させれば、シアジオさんは無罪になりますか?」


 知ってか知らずか、シアジオが暗殺者を引き入れたことが間違いないのであれば、故意じゃなくても首を落とされる理由にはなり得る。

 

「それは大丈夫でしょう、シアジオさん。こちらのロバートさんは領主様と親しいようですし、きっと証拠さえ掴めば言葉を尽くしてシアジオさんの疑惑を晴らしてくださる筈です」


 ロバートの何を知っているのか、グロリアがシアジオを慰める様に言った。

 宣教師らしく言葉の響きに説得力があり、シアジオは背中を押されるように頷いた。


「そう……ですね。帰ってもどうせ死ぬだけなら、このまま皆さんと襲撃者探しをした方が、マシですね。皆さん、是非お願いします。このまま下の方の探索も手伝ってください」


 その表情は決心がついたようで、今から覆すのは難しそうだった。

 

 ※


 地下二階を巡り、地下三階を探す。

 さて、暗殺者一党とは一向に遭遇せず、出て来るのは非組合員の人間と、迷宮の魔物ばかりであった。

 飛び疲れて面倒になったらしいコルネリが僕の胸の上で欠伸をするのを眺めながら、前衛の三人がキノコに寄生された亜人を撃ち倒すのを見守る。

 戦闘を終え、ふうと一息を吐いた瞬間、コルネリの耳がピクリと動いた。

 何か来る。

 それを僕が言葉にするよりも早く、暗闇からナニかが現れた。

 直前までコルネリの感覚にも引っかからなかった何者かは猛烈な勢いでジャンカに飛び掛かる。

 前衛の三人も瞬時に反応したが、曲刀を納めかけのジャンカはわずかに対応が遅れた。

 突き出された白銀を掻い潜ってかわすと、ジャンカは襲撃者に体当たりをして共に体勢を崩す。

 

「チッ!」


 ジャンカに視線を向けた瞬間を突かれ、飛んできた小さな刃物をロバートはどうにか右腕で受けた。

 襲撃者は二人。いずれも軽装で藍色の布服を着こんでいた。

 奇襲から始まった戦闘は、こちらの姿勢が整った時にはロバートが手傷を負い、ジャンカを転ばされていた。

 

「なにこいつ、重い!」


 ジャンカが藻掻くように呻く。

 見れば襲撃者は立ち上がろうとするジャンカに絡みつき、重心を動かし、手や足を払い行動を制していた。

 それを救援に行こうとするグロリアにもう一人の襲撃者が切りかかる。

 と、ロバートが長剣で自らの右腕を押し切っていた。

 左腕での作業に手こずりながら、上等の鎧ごと右腕を上腕から落とす。


「おうおうあ!」


 傷口から大量の血を吹き出し、口から涎を垂らしながらロバートが叫ぶ。


「え、なんですって?」


 聞き取れずに聞き返した僕の横でステアが魔力を練り始めた。


「猛毒だと言ったんです。『毒よ癒えよ』!」


 かつて『恵みの果実教会』の暗殺者が使っていた、強烈な毒を思い出す。

 それに近い毒が全身に回り即座に命を奪う前にロバートは腕を自ら切断したのだ。

 ほんの地下三階と油断があったのか。

 あるいは所詮、まとめてかかってもロバートに返り討ちにあった程度の賊だと高をくくっていたのか。

 失敗だ。

 暗殺者とはつまり、奇襲時に最も恐ろしい連中だ。

 徹底して気配を秘匿し、こちらの虚を突いて襲い掛かり、ジャンカを先に攻撃することで視線を奪った。その上で猛毒を糊塗した飛剣でロバートを攻撃したのだ。

 ステアの魔法で毒が治癒したものの、腕の切断面から大量に血をこぼすロバートは動きが鈍い。

 

『眠れ!』


 僕の魔力が発動するより早く、ジャンカの顔を平手で抑えた襲撃者が短刀をロバートに投げつけていた。

 襲撃者は二人とも気絶し、その隙にジャンカは敵を引き剥がして起き上がる。

 同時にグロリアの剣が対峙する襲撃者を屠っていた。

 賊の投げた短刀はロバートの右ひざに半分ほど刺さっており、ロバートの表情を曇らせる。

 マズい。

 僕と、ステアと、グロリアが同時に魔力を練っている。

 全員の視線がロバートに向けられ、僕たちは彼の命を保つために動き出してた。

 しかし、戦闘はまだ終わっていなかったのだ。

 コルネリの感覚がまた別の気配を直近に掴む。

 僕たちは完全に隙を突かれ、背後に隠れていた襲撃者たちから第二波を無防備に近い形で受けることになったのだった。

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