第434話 災難
「そりゃ、災難だったな」
グロリアの顛末を聞いたパラゴはそういって笑った。
場所はシグの自宅近くにある公園である。
「笑いごとじゃないよ」
友達がいのない男に僕は細めた目を向けた。
しかし、横にいるシグもさして深刻な表情を浮かべていないので、僕たちの様な連中ではきっとこれが普通なのだ。
周囲をキョロキョロと見回していたビーゴも口を開く。
「死にかけるのは冒険者の日常ですからね。仲間が死にかけるたびに落ち込んでたんじゃ、忙しすぎますよ」
「とにかく気を付けろよ。この忙しい時期に揉めてる場合でもないだろうし」
シグも肩を竦めた。総じて、僕たちは死に対して鈍感になっているのだろう。
いつもなら公園の隅に設置された木製のベンチに座って話すのだけど、そんな物はとっくに無くなっているので、立ち話である。
「……家も近くて、訓練にはいい場所だったんだけどな」
シグの視線は、僕のことよりも公園の変貌に強い関心を示している様だった。
平時には市民に開放され、冒険者の武術訓練の場となっていた公園には、既に無数の簡易テントが張られている。
領主府がこれからやってくる難民の住居としてこういった場所を都市内外にどんどんと作っているのだ。
周囲を下級役人や作業員などが走りまわって設営に当たっている横で長剣を振り回すのは流石に躊躇われるのだろう。シグは鞘に入れたまま長剣を担いでいた。
「この辺りじゃ、どこもかしこも混乱と物価高だ。それでもまだマシな方で北方は壊滅。本領は内戦の真っ最中。新西方領の方も軍が猛烈な反撃を食らってるって聞くし、西方領もいろいろとごたついているらしい。逃げるにしたって、どこへ行けばいいやらわからんな。もう俺たちが落ち着けるのは迷宮の中だけなのかもな」
パラゴは冗談めかして呟いたのだけど、半分は本心だろう。
迷宮で繰り広げられる闘争のほとんどは純粋な殺し合いであり、複雑怪奇に広がったもはや全貌を把握できない地上の騒動よりもマシに思える面も確かにある。
しかし、シグは顔をしかめると首を振った。
「迷宮も自分の仲間と入るならいいが、今は新人の面倒見もあるからな。浅瀬で多少暴れてみたって、どうもスッキリしない。やっぱり教育者とか、俺は向いていないんだな」
シグは巨大な魔獣とも正面から打ち合い、倒してきた戦士である。
歯ごたえも緊張感もない、順応の進みも遅い低層階に飽きが来たのだろう。
深い階層での表現しがたい興奮は、他に代えがたい快楽を冒険者にもたらしてくれる。
だけど僕の場合、だからといって新人の指導がつまらないということはない。もともと教授騎士なのだから、指導自体は慣れたものである。
邪魔さえ入らないのなら。
※
公園を出たほんの少し後、僕たちは都市を出て東に向かっていた。
丘を二つ越え、乾燥した平野を歩き、日が沈んでまた昇る直前頃、目的地にたどり着く。
「ここが砂漠の手前にある最後の井戸だ」
パラゴが小さな茂みに身を潜めて指を差す先に、小さな砦らしき施設があった。
過酷な乾燥地帯に立ち入る前に、水を補給する井戸小屋。そうして砂漠を見張る監視所である。領主府が設置し、管理している井戸小屋には監視人を兼務する井戸守がおかれていた。
先日までは、すくなくともそうだった。
今では、井戸小屋の周辺には大型のラクダが数頭つながれていて、焚き火を囲むように砂漠の氏族が数人、星を眺めるように寝そべっている。
ほとんど遮蔽物のない平地であるが、時間帯と光源の位置、それに暗視能力の差でこちらには気づいていない。
彼らは井戸小屋を占拠した連中で、井戸小屋を見にきた領主府の役人に所有権を述べて追い返したらしい。
彼らがどこに所属する誰なのかは知らない。砂漠の王国から派遣された連中か、砂漠に巣くう群盗の類か。
しかし王国動乱につけ込んで、王国の施設を占拠したのは目的の如何に関わらず放置できないとして、領主府は即座に無法者の討伐を決定し、白羽の矢が立ったのは英雄シガーフルだった。
「ざっと見て外に七人。おそらく砦の中にはもっといるだろう。が、まあ問題はないな」
もともと、道案内などの役で随行しており、最初から戦闘に参加する気がないパラゴは気楽に言ってシグの背中を叩く。
一方、シグの相棒として参加したビーゴはやる気十分らしく戦法を考えている。
僕はといえば、現状を打開するヒントでもないものかと来てみたのだけど、わかったことは、都市の東部に広がる平野では乾燥がひどく、背丈の低い草がまばらに生えているくらいだということだった。
もちろん、農地などにはまったくならないし、こういった井戸の周辺を除いて人間が居住するのも不可能だ。
「あっちも嫌がらせなら、こっちも嫌がらせだ。深入りもしなくていい。だが、あそこには井戸守とその家族がいたんだ。その分の血はしっかり購わせろよ」
パラゴの指示にシグは無言で頷くと背負ってきた荷物の中から簡易な防具を取り出して身に付ける。
すぐ後ろについて背中を守るのはビーゴの役だろうから、僕は少し離れて援護だ。
準備が終わったシグはこちらをチラリと振り返ってから歩き出す。
静かに近づき、間合いを詰めると、滑らかに伸ばされたシグの長剣は一人目の胸を刺し、戦闘が始まった。
『空釘!』
ビーゴの魔法が発動し、固定された空気塊が不可視の棘となって残りの敵に降り注ぐ。
突然、身に穴を穿たれて血を吹き出す賊たちは我が身に何が起こったのかを知ることもなく絶命した。
倒れた連中は髭を蓄えているものの皆、年若い青年である。
彼らにだって彼らの立場も、身分も、家族もあるのだろう。しかし、未来は今、なくなった。
突然現れ、問答無用で相手の命を奪う。
なんだ、僕たちもグロリアのことを酷くはいえないな。
僕は思わず苦笑しつつ、彼らの体を利用すべく魔力を注ぐのだった。
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