第427話 エネルギーⅡ

 翌朝、起きて朝食を摂り、出発の準備をするのだけど、教え子たちは一向に顔を見せなかった。


「薪がさ、ないんだよね」


 僕の向かいに腰かけて、ルガムが渋い表情を浮かべる。

 彼女の薪棚は空になっていて、以前は数日おきにガルダ商会が運んで来ていた雑木も供給が停まってしまっていた。

 そもそも、材木の切り出しには手間が掛かるものであって、その搬出や運搬にも大きな経費が掛かる。当然、加工や乾燥の工程にだって人手は必要となるので、薪というのは生活必需品の割にはかなり高価であるのだ。

 そうした製造流通の一端にいることでルガムは金銭を獲得するのみではなく、自家消費分の薪の使用もガルダから認められていた。

 ただでさえ大人数分の生活を支えるのに必要な薪の量は膨大で、それを購うのに、ちょっと驚くほどの金銭が要るのだけれど、現在ではそもそも薪の流通量自体が大きく抑えられており、買取も困難なのだ。

 これは、領主府の打った“生活必需品高騰対策”の結果であって、治安の低下や食料品の欠乏により普段よりも経費が掛かる薪の生産に対して、見合う値上げを認めないため、商人たちが手を引いてしまったのである。

 しかしながら、薪がなければ煮炊きは出来ず、そもそも市民は生活が出来ない。

 背に腹は代えられない市民たちは勝手に街路樹を切り倒したり、公園の木柵を盗んだりして急場を凌ぐのであるが、それも市民の総数からすれば焼石に水である。

 ついには下層市民が墓標に使う木製の十字架や、新しい棺桶を掘り起こして燃料にしようとする連中まで現れはじめた。

 僕も墓守として、墓標の盗難までは目を瞑るが死体の掘り起こしは厳に戒めねばならず、見張り番を私費で雇うなど無用な出費を強いられていた。

 それに並行して、闇で高価な薪を扱う不穏な連中なども出始め、結果として市場には高価な薪が出回り、市民の困窮に直結していくという不毛な事態に陥ってたのである。

 

「御用林も随分と寂しくなったものねえ」


 都市の周辺を囲む丘には欠員が一人か二人なら、穴を埋めて貰おうと呼んでいたサンサネラが話に加わる。

 彼自身は上級冒険者級の実力を持ちながら、イシャール討伐の申請をしていないために新人育成のノルマを課されていない。

 彼のいう御用林とは、領主府が直轄経営する森林地帯で、森守が管理し、領主府の許可がなければ切り出す許可も下りないし、内部の採掘権や狩猟権も領主が直接的に管理しているのだけど、今回はそれの下生えについて採取や伐採権を特定の業者に安価で売り渡していた。

 業者は、額面通り森林内の低木を刈ったのだろうけど、高木もそれなりに切り倒されていて、これについては犯人不明の盗伐事件として捜査が行われるのだろう。

 

「証拠は燃えちゃうから、犯人が見つかることはないだろうけど、罪状は死刑だろうからね。あんまり手を出す物じゃないよ。うちの子たち、そういや最近は見かけないけど関わってないよね?」


 男爵国から連れてきた浮浪児の一群は、こういう時にはこぞって盗伐に繰り出しそうな気もする。彼らが持つ順法精神の弱さは、ある面で頼もしいのだけど、場合に寄っては問答無用で首を刈られかねないので、釘は刺しておきたい。

 

「ああ、あの子らなら、ガルダ商会の陸運人足として働きに行ってるよ。ここよりはマシな飯が食べられるからってさ」


 へえ、と僕は感心してしまった。

 日頃から彼らに勤労精神など望むだけ無駄で家の子守や洗濯は手伝っても、他はヤクザな小遣い稼ぎを繰り返すだけだと思っていたからだ。

 しかし言い換えると彼らは自らを養う豊かさが、この家から消えたと判断したのだろう。

 そう思えば、大見得を切って彼らを引っ張って来た手前、状況は情けなくもある。

 

「でも、そうか。結局は薪がないんだよね」


 僕は机に肘をついてうなった。

 人が密集する大消費都市で燃料がないというのは割と生命線が危ういのではないだろうか。

 そういえば酒場の店主に持ち掛けられた塩の密輸はどうなっただろうか。

 もはや、こうなっては塩の高騰など取るに足らないことの様に思われるが、利益を上げるに至ったものだろうか。

 木材というものは、特に薪炭材といえば、経費が安く済む都市部の周辺、平野部から伐られていく。遠地や、急峻な山岳斜面に生える木は、経費が嵩んで伐るだけ損であるので、意外と残っていたりする。だから、まだ木が全部なくなってしまったわけではないのだ。

 大量に伐って運ぶことは出来ないが、少し伐って運ぶだけなら、割高になることに目を瞑ればやれるかもしれない。

 

「商人に委託して、買い付けをやるしかないかな」


 面倒くさいうえに費用も掛かるけど、大勢を養うには他に方法もない気がした。

 

「そんなことが出来るの?」


 大それた発案にルガムが表情を曇らせる。

 出来る、というかやるしかないから検討をするのだ。


「もうちょっとしたら、北方から難民が押し寄せるだろうから、待っていたら物資の不足は進むだろうし、それから買い付けをはじめたら更に値が上がるかもしれない。貸しのある商人もいるし、やらせてみるよ」


 ビウムに貸した金を棒引きすると言えば嫌とは言うまい。

 彼女には本領を発揮してもらい、僕は僕でやるべきことをやる。

 混迷度合い深まるこれからの日々を思えば、知らずため息が出るのであった。

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