第386話 高見の見物

 朝日もすっかり高くなった大通りで手慣れた少年たちの客寄せが始まる。


「ほら、どうだ。剣豪ノラの手による切石だよ。みんな買ってかないかい。この都市に腕利き多きといえどもここまでの奴はまずいない。なんせ一つの石を刃物でまっぷたつ。その証拠に切断面をくっつけりゃピッタリ、水でも垂らせば乾くまでは元通り一つの石ころだ。そら、お守りにどうだ。よそからきた人は土産にどうだね?」


 『恵みの果実教会』出身の子供たちにはまずできない粗野な啖呵が響きわたり、通行人たちが物珍しげに露店を覗いていく。

 男爵国から連れてきた浮浪児数人は騒がしくにぎやかにはやし立て、商売にいそしんでいた。

 僕たちは通りを見渡せる建物の屋根に隠れてそれを見ていた。

 

「あ、あいつは多分そうだぜ。髪の黒い女」


 パラゴが指で示したのは三〇がらみの女だった。

 服装はそこらの下級市民と変わらないものの、黒々してウェーブがかった髪は西方領でよく見たものである。

 露店の並ぶ大通りを何気なく歩くその姿に不審な点はない。


「ほら、やった」


 パラゴの指摘がどのタイミングのどの行動を指してかさっぱりわからず僕は首をひねった。

 しかし、サンサネラにはわかったようで「なるほど」とうなずいている。


「まあ、とにかくあの人を追いかければいいんだね。コルネリ、よろしく」


 干し肉を一切れ食べさせて背中をなでると、コルネリは「キィ」という返事を残して空高く飛び立った。

 彼の能力なら見失うことはあるまい。

 

「あいつもかな。禿げた商人風」


 パラゴが次いで示したのは赤く日に焼けた人の良さそうな中年だった。

 楽しげに子供たちの石売りを冷やかしているように見える。


「あ、今の動きがそうですか?」

 

 マーロが気づいたように声を上げる。当然、僕にはどの動きがそうなのかわからない。

 しかし、パラゴは小さく首を振って否定した。


「違う、今のはスった財布を仲間に渡した動きだ。スリ自体はその三歩前に実行している」 

 

「じゃあ、その受け取り役を追った方がいいのかねえ」

 

 サンサネラは舌なめずりしながらすっかり僕には追えていない受け取り役を見つめる。

 

「最終的には隠れ家まで探れりゃいい。そうだな、追うなら財布の預かり役を頼む」


「あい。隠れ家を見つければアッシの方から連絡をするよ」


 そういうと、サンサネラは建物の横に走る細い路地に飛び降りていった。

 彼の追跡術を振り切るほどの実力者はそういまい。

 

「私はどうしましょうか?」


 マーロが眉間に皺を寄せて僕に聞くのだけど、今回の指示役はパラゴであって、どうするべきか僕もあまりわかっていない。


「そうかい、暇ならとりあえずさっきのオッサンあたりに因縁付けてブン殴ってきてくれねえかな」


 パラゴは細い目で通りを睨んだまま告げた。

 

「スリってのは盗んだら速やかにその場を離れるもんだ。仲間が財布の受け取りなんかをするならまた話が変わるが、それでも長くは留まらんだろう。そうしたらまた探すのも面倒になるからその前に顔ぶれくらいは見ておきたい。できるだけ派手にぶっ叩いてくれ。俺はここから反応した連中の顔を見ておく」


 しかし、マーロは微妙な表情で首を振った。


「イヤですよ、そんなの。なんか私、乱暴者みたいじゃないですか」


 しかし、その抗議をパラゴは鼻で笑う。


「特技は物を壊すことと何かを叩くことなんだろう。性質がどんなに善人だろうがおまえは乱暴者なんだよ。みたい、じゃなくてな」


 パラゴの嫌みにマーロは顔をしかめた。

 

「あのオジさんをやっつければいいなら僕が行こうか?」


 列の端でアルが顔を上げた。釣られたようにハリネも顔を上げる。


「アルはいいから、見てなよ。ハリネ、頭を下げて!」


 僕たちは昨夜、情報収集のために散会し、今朝方にまた集まったのであるが、その場には当たり前のようにアルとハリネがきていたのだ。

 そんなわけで、彼らも並んで屋根に伏せている。

 僕の身振りも交えた説得により、ハリネの頭はゆっくりと下がり再び屋根に伏せられた。

 

「ほら、ガキが行くって行ってるんだぜ。善人のマーロ姉さんはそれでいいのか?」


 パラゴの言葉に押されて、マーロは渋々頷いた。


「それから、オマエも行ってくれ」


 パラゴの視線はまっすぐに僕の顔を向いていた。


「え、僕も?」


 はっきり言って僕は殴る殴られるの荒事には向いていない。

 僕が行ったって足手まといになるだけだろう。


「マーロが殺さない程度に痛めつける。誰か出てきてオッサンをかばえばよし、そうじゃなかったらオマエがヤツに肩を貸してこっちまで連れてこい。向こうの出方も分かるし、スリ連中の表情も観察しやすくなる」


「お父さん、がんばって!」


 あまり前面には出たくはないのだけど、この顔ぶれならほかに適任もいない。アルの声援もあって渋るのも憚られ、僕は立ち上がった。

 マーロとともに裏通りの階段に向かっていく。

 

「ねえ、マーロ。きちんと殴っといてね」


 僕はマーロに声をかける。

 死なれては困るけど、軽傷すぎても僕の仕事はやりづらくなる。

 しかし、マーロはふてくされたように頬を膨れさせてつぶやいた。


「任せてください。どうせ、乱暴者ですから」 

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