第380話 ブリーフィング
地下七階からの帰路、パーティの人数は五名となった。
ノラが物足りないらしく、一人でもう少し歩いてくるとのことだ。
その穴をサンサネラで埋めれば、特に問題はなく僕たちは無事、地上まで帰り着いた。
衛士の前を通り過ぎて物陰まで行くと、担いでいたモモックをリュックから取り出す。
と、リュックから伸びた短い手が僕の胸ぐらを掴んだ。
「ちょっといっぺん、ちゃんと話をしようや。のうアイヤン」
彼なりに真剣なのだろう。
つぶらな瞳がこっちに向けられる。
「話ならいくらでも。ほら、みんな座って」
幸いにも、迷宮入り口の近くには切り株がいくつか有り、座るには向いている。
それに、空天の太陽は傾いているものの沈んでいない。
冒険者もあまりやってこない時間帯である。
サンサネラとロバートも腰を下ろし、猿の生首を抱えたジャンカもためらった後に猿の生首を横に置いてから座った。
「オイはあんまり口が立たんとやばってんが、本当に指導は終わりでよかとやな?」
モモックの真っ白い毛が覆う額にシワがよる。
「終わりでいいんだよ。これは僕なりの誠意でもあってね、ダラダラと引き延ばして毎日百枚の金貨をせしめたっていいんだ。でも、それは不誠実だからやらない。それに、僕はガルダさんへの報復に手を貸さないことは事前に同意済みだね。その場には君もいた」
ジャンカは二ヶ月の期限を切った。となればゆっくりやって四十日ほど掛ければ日当たりの手当だけで金貨四千枚の大金が入る。
だけど、大金よりも大切なこともある。
僕が告げると、モモックは渋々とうなづく。
「ばってんそりゃ、アレじゃない。きちんと成長させてからの話やん」
「たとえば、ジャンカが君の能力を持っていたら、僕ももう少し育てようと判断したかもしれないけど、彼の目的を考えたらあんまり意味がないんだよ」
ガルダを殺すとして、このメンツならもっとも有力なのはモモックである。彼はどこにでも入っていき、離れたところから相手を殺せる。
次いで、やはり身軽で高低差をものともしないサンサネラか。
最悪はロバートで、彼の場合、正面から殴り込むしかなく、それであの周到な男は討てない。
「先に言っておくけど、モモック。君はガルダさんの暗殺を依頼されても絶対に請け負わないでよ。もし、そんなことをしたらさすがに僕も庇えないからね」
「オイは男ばい。金で人殺すほど落ちぶれちゃない」
それならいい。
ただし、彼の場合は金以外にも行動原理を持っていたりするので注意が必要だ。
「えとねえ。まず、今朝方もカルコーマさんから言われたけど、ジャンカは経験が足りない。つまり、今までは常に自分の力が上回る状況でしか生きてこなかったということだね」
王子なのだからそれは仕方ないだろう。
国にいれば父や兄を除いてはみんなが彼に気を使い、引き下がったはずだ。痛快なほど尊大な態度もその現れであったろう。
だから、弱者の戦い方ができない。
力が足りないのなら更に力を持ってこいとばかりの策を打ち続ける。
それではダメなのにやり方を変えない。
打ちのめされた経験がない。どうにもならない力で踏みつけられた経験がない。そういう欠落は、戦う者として、もしかするとあってはならない欠落なのかもしれない。
当のジャンカはカルコーマの名前がよほど恐ろしいのか、ビクリとふるえて脂汗を流している。
「と、いうわけでジャンカがこれからやるべきことは策を考えることと情報を集めることなんだよ。確かに、順応を進めるというのは危険だけど簡単で、分かりやすい。でもそれじゃ勝ち目はいつまでたっても降ってこないから」
モモックも納得したのか、モグモグと口を動かしながら切り株に座り込んだ。
ジャンカは落ち着かな気に指を組み替えていた。
「それでジャンカ、僕は君に手を貸せない。これは最初に言ったとおりだけど、指導者と教え子としての絆は感じているよ」
ただし、無理矢理巻き込まれた悪感情を差し引きすれば大したお気持ちではないけれど。
「そうして、これが重要なのだけど、指導が終わったので指導料を払って貰う。これはすぐにだ」
彼が何事かやらかして急死したら取りはぐれる危険がある。
そのため、約束の金はすぐにでも支払って貰わなければならなかった。
「あ……教授殿、もう少し待ってくれ」
ジャンカはしどろもどろになりながら視線を落とす。
「待たない。僕は商売としてやったことなのだから、お金を払って貰えなければ君を教え子じゃなくて泥棒として扱わなければならない」
さすがに、これにはモモックも文句を言えなかった。
僕はこうやって家族を養っているのだ。当初の約束通りの代金を請求するのになんの後ろめたさもない。
「実はな、金が送られて来ないらしいんだ」
黙っていたロバートが口を開いた。
「俺は前金であと十日分を貰っているから構わんが、この前の散財もあり、活動費がないらしい」
彼も護衛で飯を喰う男である。
ということは十日も過ぎれば護衛も解消されるのだろうか。
「いや、違う。確かに国の方からは使者に持たせて発たせているのだ。それが途中で行方不明になる」
ジャンカはあわてて弁明がましいことを主張した。
経緯がどうだろうと、金が払えないのならすべて一緒である。
「持ち逃げされたんじゃないのかい?」
サンサネラの横やりにジャンカは眉をつり上げた。
「譜代の家臣たちだ。それに家族も残して消えるものか!」
「いやいや、わからんぜ。金の魅力ってのはいざそのときになってみないとわからんものだ。その匂いの前じゃ、時にすべてを裏切りたくなる」
その声は僕たちの誰でもなかった。
後ろを振り返ると、そこにはガルダが複数の配下を従えて立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます