第366話 進路

 ロバートは厄介な男だ。

 目端が利き、見識が広く、人当たりもいい。

 何より妙な行動力は、その腕っぷしと相まって予測が難しい。

 そんな怪物から静かに泣かれると大変嫌な気持ちになるものである。

 

「用事が済んだのなら、明日もありますし僕は帰らせてもらいます。それからジャンカさん、迷宮で話したとおり、もう一名を加えますが異論はないですね?」


 席を立ちながら、ジャンカに言う。

 まだ、来客の対応に追われているジャンカは慌てて握手を求める酔客からこちらへ向き直った。


「わかった、私も男だ。屈辱は甘んじて受ける!」


 格好いいんだか悪いんだか、微妙な宣言に胸を張る青年は、ガルダの胸次第ですぐに消されるのだ。一生懸命にこの子を育てることは意味があるのだろうか。

 とにかく了承は得たのだ。となれば準備に取り掛からないといけない。


「それじゃ、僕は帰るけどサンサネラはまだ食べていく?」


「んなぁ、アンタと一緒に帰るさ。お嬢さん、悪いんだけど料理とか持って帰るから包んでもらえる? あと酒も開いてない樽を持って帰るから」


 サンサネラが言うと、僕とロバートに挟まれて目をキョロキョロ動かしていた女の子が立ち上がり、店の奥へ去っていった。

 女の子はとても居たたまれなさそうだったので、サンサネラなりの助け船なのだろう。

 やがて、女の子が持ってきた大きな布に軽食を包み、樽を小脇に抱えて僕らは店を辞した。


「じゃ、親睦も十分ということでアッシらは帰るぜ。ごちそうさん、ごゆっくり」


 サンサネラの礼に、さめざめと泣いているロバートは反応せず、店の従業員に支払いの段取りをつけているジャンカは嫌そうな表情を向けた。

 この勢いで嫌われ、仕事を切られれば万々歳なのにな。


 ※


 住宅街に向かい、シグの家に着いた。

 前衛探しの第一歩である。

 

「すみません、シグはいますか?」


 扉を叩きながら友人の名前を呼ぶ。

 すでに夜だけど、それほど深くない。昼夜の区別がない冒険者稼業なのだから無礼も許してくれるだろう。

 

「あ、奴隷の兄ちゃん!」


 二階の窓から声がしたと思えば、すぐにドタドタと音がして扉が開けられた。

 顔を出したのはシグの弟、サウジェだった。


「兄ちゃんなら冒険に行ってて帰っていないよ!」

 

「あら、残念」


 快活なサウジェの言葉にサンサネラがつなげた。

 上級冒険者パーティは深く潜るので、一度迷宮に入ると数日間は戻ってこない。

 と、いうことは彼とパーティを組んでいるギーもいないということか。

 

「ええと、じゃあいいや。サウジェ、これはお土産だからみんなで食べてね」


 先ほどもらった包みを渡すと、サウジェは嬉しそうに笑う。

 初めて出会ったころ、僕よりも低かった身長はぐんぐん伸びてすでに僕を超えている。

 まだ、兄ほどの筋肉がついていないとはいえ、鍛えているのだろう。腕や胸板は幼い顔つきに似合わず、十分に発達していた。

 

「サウジェは冒険者を目指すんだよね?」


 兄に憧れた彼は、よく木剣を振り回していた。

 それはこの都市に住む多くの子供が辿る姿で、珍しいものではない。

 しかし、サウジェの表情は曇り、深いため息を吐いた。


「兄ちゃんがね、駄目だって」


 サウジェの言葉に、僕はおどろいた。

 確かにシグは冒険者として神経が細いところがある。

 でも、今では街の若き英雄として慕われており、それなりの収入も得ているはずだ。

 僕は、冒険者稼業を『他にできることがない』からやっているのだけど、シグは『生き方として選択した』のである。

 それでも、身内にはやらせたくないのだろうか。僕がそうであるように。

 

「推薦状が貰えるから王都の大学へ行けってさ」


 王都の大学とは、国内の王侯貴族や官僚が子弟を通わせるという王立学校だ。

 そこを出れば、最低でも高級官僚として行政府に就職出来る。

 また、人脈を築けば各地貴族の腹心として登用されることもあるという。

 さらには、卒業後に軍大学を経て軍に入ることが王国軍で上級幹部に出世するための大前提でもあると聞いていた。

 つまり、この王国において国家運営の中心部は例外なく王立大学を卒業しているのだ。

 あまりに縁遠く、考えたこともなかったのだけれど、そういう人生もある。

 

「僕もそれがいいと思う」


 僕がシグの意向に同意すると、サウジェは悲しそうな表情を浮かべた。

 それでも、現実的には死の危険からは出来るだけ遠い方がいい。


「でもベリコガ先生はどうするにしても腕力を持っていた方がいいって教えてくれたよ」


 ベリコガ先生?

 思わぬ名前に僕は眉をしかめる。


「サウジェはベリコガさんのところに入門したの?」


 ノクトー流といったか。北方戦士団出身のヘッポコ剣士だったベリコガが、今では立派に大勢の弟子をとっているのは知っていた。

 

「うん。月謝が安いから、仲間みんなで通ってるよ」


 個人的には、ブラントや『荒野の家教会』とつながりが深いベリコガ道場なんかに親しい人には通って欲しくはなかった。

 

「ベリコガ先生はあんなに強いのに、それでも力が足りず恋人を失ったことがあるんでしょ。本人はあんまり話してくれないけど、時々じっと考え込んでるよ」


 ブラントに師事し、迷宮にも足しげく通うという稽古熱心なベリコガは既に達人級の腕前を持っているとブラントが評している。

 冒険者を志すだけの少年たちから見れば確かに憧れたくなるほど強いのだろうけど、それは恋人を失った後に得た力だ。

 身分や立場があろうと、より上位の立場から都合よく処分されかけたのだからその気持ちは理解できる。間接的には一矢報いたのだとしても、恋人の仇を討った気分にはとてもなれないだろう。

 でも、それはそれだ。


「サウジェ、じゃあ僕も教授騎士としていくつか教えを授けよう」


 余計なお世話。あるいはお節介。

 それでも、教授騎士という響きにサウジェは背筋を正す。


「腕力以外にも力はあるんだよ。知力や観察力もそうだし、人脈や地位、財力や権力その他にも諸々。そしてそれらを十分に使いこなせれば腕力とも対抗できるはずだ。王立大学を出れば得られる力というのは、一介の冒険者が振るうそれと比較にならないほど大きいものになる」

 

 もちろん、ベリコガは腕力も足りなかった。しかし、それ以外の力をうまく扱う術を知っていれば、少なくとも無様に策謀へ投げ入れられることはなかっただろう。

 サウジェはなんとも納得のいかない表情で小首をかしげたのだけど、そこから先は自身で考えるべきことである。

 僕は笑顔でお休みを言い、その場を去った。

 

「アナンシさん、アッシは力を貸し合える仲間の存在も、自分の力の内だと思うけどな」


 酒樽を抱え、サンサネラは呟くように言った。

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