第352話 立ち話

 子供たちは呼吸を合わせると、一斉に石を投擲した。

 まっすぐ飛ぶもの、弧を描くもの、速いもの遅いもの。全てがノラに向かって飛ぶ。

 目隠しをした的が尋常な男なら怪我は免れない。

 しかし、ノラは迷い無く刀を抜くと最初に飛来した石を両断した。

 空中の固い石ころを真っ二つにした刀は煌めきながら動いて瞬く間に全ての石を切断する。

 一瞬の後、足下には奇妙に切断された石ころが倍になって、転がっていた。


「おおおお」


 子供たちが歓声をあげて手を叩く。

 ノラが刀を納め目隠しを外すと、子供たちは我先に駆け寄って切断された石を拾った。

 

「奇妙な気配がすると思えば……」


 ノラはつぶやき、僕とアルをチラリと見ると、こちらへ背を向けて歩き出す。

 

「アル、あの人は怖いから近づかないようにね」


 小声でいうまでも無く、剣圧に気圧されたアルは僕の影に隠れていた。

 臆病さは僕譲りだろうか。


「なんか凄く怖いよ。あの人、迷宮の魔物みたいな目つきをしている」


 アルの評価はおそらく正しい。

 ノラは未だ邂逅せぬ仇敵を追い続けており、そのためなら二度と地上へ戻れなくなっても構わないと豪語する振り切った上級冒険者である。

 つまり既に半分魔物であるともいえる。

 子供たちによる石の奪い合いが済むと、彼らはようやく落ち着いて散会し始めた。


「なんにするの、そんな石?」


 脇を通り過ぎる少年に気になって訪ねてみる。

 

「なにって、売るんだよ」


 捕まえた少年はあっけらかんと答えた。

 隣の少年も、自慢げに拾った石の切断面を見せてくる。

 どれも磨いた様に滑らかで美しい。


「刃物で切った石だぜ。それも上級冒険者のノラが切ったモンだ。縁起物や魔除けの類として欲しがるやつが結構いるのさ」


 僕は思わず感心してしまった。

 少年たちのしたたかさに。


「ひょっとして、ノラさんに切ってくれって頼んでるの?」


 あの話が通じない男に近づくのだとすれば彼らはなかなかに怖いもの知らずだ。


「最初は向こうがやれっていうからさ。そしたら売れるからさ、そりゃ頼むしかないだろ」


 少年の目は熱く光を称えていた。

 端的に言って、ただの石ころなのだから僕は金を払う気はないのだけど、客の気持ちも少しだけわかる気もする。

 ノラの強さに憧れる駆け出し冒険者や学生は多いという。

 きっとそういう人たちが買っているのだろう。

 僕もウル師匠に貰い、ルガムを助ける為に破壊された金属片をまだ大事に持ち歩いているのだ。

 

「待て。そういえばおまえ、腕利きだったな」


 その言葉に、背骨を捕まれたかと思うほど驚いた。

 立ち去ったと思ったノラは立ち止まり、こちらを見つめている。

 

「いや、ええと。そんなことはないと思います」


 僕はとりあえず過大評価を打ち消した。

 事実として上級冒険者ではあるものの、腕利きというほどのことはなく、単に小ずるいだけだ。


「前衛……は無理だとして、ガルダを前に出す。おまえ、後ろに入れ」


 その断定的なものいいに、僕は慌てて首を振って答える。

 

「ノラ隊の後衛なんて僕にはつとまりませんよ!」


 実力的にも、ノラ隊の面々と僕では比較にもならない。

 なにより、常日頃からノラ隊と関わり合わないことを行動指標の一つとしているこの僕が、ノラ隊にのこのこ加わる訳にも行かないだろう。

 

「ていうか、ガルダさんを前衛に上げるって、ノラ隊は既に前衛がそろっているでしょう?」


 ノラ隊の売りは前衛の三人組だったはずで、都市の上級パーティを並べても前衛の能力では上位にくる。

 後衛はガルダが他から臨時の仲間を連れて来て適当に組むのだが、それだってガルダの人脈からそれなりの強者が選ばれている。

 

「おまえもあの場にはいたが、今の俺では仇の首に手が届かないらしい」


 ノラがいうあの場とはトロール騒ぎの時に出会った邪悪な猿神の眼前だろう。

 ノラは自らが仇に比肩しうるかと問い、無理だといわれた。

 その場にはノラ隊の前衛もそろっていたし、他には僕とステア、それにゼタもいた。だけど、全員を合わせても無理といわれたのだ。


「だから、俺はもっと共に戦える仲間を集める。俺の仇を共に追い、そうして二度と地上には戻らなくても構わない仲間だ」


 それは重大な問題である。

 ウル師匠がそうであったように順応を進め、ある一線を越えた冒険者は堪えがたい欲求に絡め取られ、迷宮の深部へと落ちていく。

 自ら望んで魔物の領分へ身を置くのは、まあ自由だとして、なぜその話を僕にするのか。それこそノラ隊の中で話し合うべき問題である。


「おまえも遅かれ速かれ落ちるのだろう。それならば仇討ちを手伝ってくれ」


 嫌だ。

 ウル師匠とも約束をしているのだから、そうほいほいと人間を辞めてたまるか。

 

「お言葉ですが、ノラさん。僕はまだ子供も産まれたばかりで、地上にいる家族を養うために迷宮行を繰り返す労働者的冒険者です。ということは帰ってくることが目的であって、あなたとは根本的に違うのかな、と思います」


 一号やアルにはもちろん会いたいけれども、それを除けば僕が迷宮に潜る理由は金銭的なものが大きい。

 逆にいえば、金銭的な不安が払拭されれば危険を避けて一号への面会を繰り返すだけが僕の迷宮行の目的になるだろう。

 トロール騒ぎの際に遭遇した成れ果てパーティは迷宮を楽しくて仕方がない遊技場と評した。確かに迷宮は魅力的であると、最近は思う。

 それでも、僕は迷宮を恐れ続けるのだ。

 競う様に急いで魔物へ身をやつそうという男に共感し、連れ添ってもろくなことにはなないから。

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