第349話 誤解

 奇妙奇天烈な空気ネズミのモモックは寒さに肩をすくめたものの、目を覚まさずに眠り続けている。

 

「ほら、彼がモモック。ご主人が南方から連れてきた隠し玉さ」


 まあ嘘は言っていない。

 そうしてこういえば立場上、彼らはモモックを責めたりできなくなる。

 

「彼はどこにでも入っていける能力があって、鉄の檻だってないに等しいし、鉄の枷だって簡単に外してしまう。まあ、こうやって背中が丸まらないようにしてたら逃げられないんだけどね。多分」


 モモックは多才だ。

 潜入、伏撃は彼の専門だし遠くからの狙撃もやってのける。

 だからまだ隠している技能があればこの拘束も抜け出てしまうかもしれない。


「それで、君たちの部屋を荒らしたのは自分だと彼は言う。メリアは違うと言う。これで辻褄はあったかな?」


 モモックの存在を想定して物事を考えるのはこの都市でもほんの数名だ。

 彼女たちが間違えたことは責められまい。

 ビウムは険しい顔で頭を掻いた。

 と、パフィがビウムの前に出て僕を見据える。


「了解いたしました。落ち度はこちらにあるようでございますので、メリアさんには後程謝罪をさせていただきます。当然、今後このような不始末は起こしませんことを誓わせていただきます」


 そういうと深々と頭を下げた。

 心情的に僕へ頭など下げたくないのだろう。握りしめた拳が震えていた。

 それでも、主人であり妹であるビウムをかばいたいのだろう。


「……悪かったです。本当に」


 パフィの動作を見てか、ビウムも謝罪を述べた。

 事実をすぐに飲み込み言い訳もしないのは冷静に周囲を見ている証拠だ。

 

「なんねアイヤン、女ばイジメてからに。格好悪かばい」


 声がして振り替えるとモモックが縛られたまま目を覚ましていた。

 

「いい加減にこれ外してっちゃ。寝返りもできんけん背中の痛かって」


 首をグリグリ動かしながら、不満を漏らすモモックは鎖に口が届かないため、やはりこの態勢から逃亡は出来ないらしい。

 視線を戻すとビウムとパフィがギョッとしてモモックを見つめていた。

 

「話すん……ですね」


 パフィが毒気を抜かれて呟いた。


「あん、そら話すこた。オイをその辺のドブネズミと間違えたらつまらんばい。アイヤン、アンタ自分の女くらいしっかり教育しとき!」


 甲高いモモックの声に僕たちは固まった。


「し……失礼、ネズミさん。誰が誰の女ですって?」


 僕の前で無表情を貫くパフィはどんな表情を浮かべていいのかわからないのだろう。

 笑顔を張り付けたまま、額に青筋が浮かんでいる。


「はあ? 姉ちゃんら、アイヤンが旅先で引っ掛けた女やっちゃろうもん。そいでん、正妻のおる家には置けんけ、この屋敷に来たとやろ。あれ、アイヤンそんなこつば言いよらんかったかね」


 絶対に言っていない。

 間違えても、そのようなことはかけらも口にしたことがない。

 しかし、ビウムとパフィは魂の抜けたような表情で僕を見つめていた。


「ア……アナンシさん、あなたなんということを」


 パフィが汚物を見る目で僕を見つめる。とても妹の仇を見る目ではない。


「ええと、違うよ。本当に言っていない。それよりモモックは何で二人の部屋を荒らしたりしたのさ!」


 慌てて話を戻す。このままありもしない与太をふりまかれてはたまらない。


「なんやったっけ。ああ、あんま暇かけんなんかオモシロかもんでも持たんかねって。大体、アイヤンも悪かっばい。アンタ舎弟分やったら兄貴分のオイに『新しい女です。よろしゅう頼みます』ちゅうて手土産もって挨拶の一つでもせな」


 どうやら、今回の件は僕の不手際だったらしい。モモックの中では。

 彼の行動原理はなに一つわからないのだけど、昂る精神を必死で撫でつける。


「ええと、そんなわけでこのモモックが犯人でした。メリアは無関係で……」


 顔が紅潮し、言葉が途切れる。

 恥ずかしい。ここが迷宮で彼が魔物だったらどれほど楽か。

 僕は多大な自制心を持って練り上げかけた魔力球を解くと、大きく深呼吸を繰り返した。

 落ち着け。落ち着け。

 目を閉じて自分に繰り返して言い聞かせると、ようやく跳ね上がった鼓動も落ち着いてくる。

 気持ちを切り替えろ。


「とにかく、恨むなら彼を恨んでよ」


 もう力が抜けてしまい、それだけ言って立ち去ってしまいたかった。

 彼女たちに棒きれでも渡してあとは気の済むようにしてもらえば僕は楽だ。

 でもそうもいくまい。


「御覧の通り、変な人だからさ。真面目に相手をするのも疲れるだろう。今後はきっと、同じことはさせないから。もう忘れてよ。僕たちもメリアにされたことは全部忘れるから」


 それでお終い。一件落着。

 僕が大ぼらを吹いたかのような誤解ももはや空しい。

 ビウムたちにもその思いが伝わったのか、二人とも渋い顔で頷いた。

 

「なんちか、アンタらメリアしゃんを虐めたとか。それは許せんねえ、女やけんがクらすとは堪えちゃあばってんが!」


 モモックが空気を読まずに喚きだすと、小屋の扉を開けてギーが出て来た。

 ギーは無言のままモモックの鎖を引きちぎると、モモックが許しを請うのも構わず、全力で蹴り飛ばした。

 お屋敷の柵を超え、はるか彼方に消えていくモモックは丸くなっているので空気玉への変形が間に合ったのだろう。

 

「やかまシイ!」


 ギーは吐き捨てるように言うと尻尾で地面をビタンと叩いた。

 モモックを蹴り出した方向から首をグルリと回し、ビウムたちを見やるとゆっくり、はっきりと言葉をひねり出す。


「命が惜しくてこの都市に来たのは知ってイル。事情があるのも聞いてイル。だがギーには関係ないノダ」


 その蹴りを受ければ常人なら即死だろう。

 尻尾の一撃だって、骨を砕く威力は見て取れる。

 ビウムとパフィは黙ってギーの言うことを聞いていた。

 

「黙って屋敷に戻リ、今後の生活に気を付ケロ。ギーたちはもう眠いので早く立ち去レ」


 ギーのとがった爪が屋敷を指すと、二人は口を噤んだまま戻っていった。

 二人が屋敷に消えるのを見届けると、ギーの尻尾が僕の足に巻き付く。


「寒くて眠れナイ。一緒に寝てクレ」


 小屋の中ではアルも寝ているので、あらぬ誤解を受けないように気を付けたいと思いつつ、僕たちは小屋へ戻っていった。

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