番外編 親切なコートンおじさん

 コートンおじさんの朝は早い。

 とはいえ『親切なコートンおじさんの便利なナンデモ取扱商店』の開店時間が早いわけではない。

 昼前にようやく店を開け、夕方には閉めてしまう。これは時間帯に関係無く仕事に向かう冒険者達にとって大変都合が悪いのだけど、それでもコートンおじさんが営業時間を延長する予定はない。

 では、早起きしたコートンおじさんが毎朝、日の昇らないうちから起き出してなにをするかというと、帳簿付けである。

 店の現金を全て数え、さらに前日の仕入れ値や役人への付け届けなどを一覧にして帳簿に記載していく。一連の作業を終え、所有財産が前日より増えていれば上機嫌に、減っていれば悪党に両親をなぶり殺されたような顔をして朝食をとるのだ。

 更に、朝食後には領主府への納付金申告用の偽帳簿作成に励み、これを十分に確認し文句のない出来であると確信してからようやく開店作業に取りかかる。

 日は既に高く昇っており、店の前の通称『くたばれ通り』にはすでに数人の客が並んでいるのであるが、コートンおじさんは焦らない。

 三重の分厚い扉と、それぞれに七つずつ取り付けられた鍵を外し、最後に通りに面した鉄格子を開けてようやく店の扉が開く。

 コートンおじさんは知っている。

 この都市内にあって最も襲撃してうまみがあるのは自分の店だと言うことを。

 現金を唸らせている銀行には警備兵が十分に配備されているし、花街や強欲寺院の金庫を狙えば厄介な連中に付け狙われる。

 対して、この店はたった二人の中年夫婦がいるだけにもかかわらず、銀行に次ぐ量の現金を所持し、それ以外にも高価な冒険用具や薬を無数に揃えているのだ。

 だから店の営業時間も明るく、人通りのある時間帯に限られてくる。

 開店と同時に冒険者が一人、コートンおじさんの目の前に剣を差し出す。


「迷宮で拾った。買い取ってくれ」


「鑑定書は?」


 血気に逸る冒険者に対してコートンおじさんは冷たく言い放った。

 迷宮で拾った物にはいかなる魔力が込められているかわかった物ではない。鑑定書を添付しなければ販売してはいけない決まりになっている。


「先に言っておくが、この剣の鑑定には金貨二枚が必要で、うちの買い取り値も同額だ」


 つまり、この剣の鑑定と買い取りを両方依頼すれば相殺され客に還元される金はないことになる。

 冒険者の額に青筋が浮いた。


「ちょっとはまけてくれよ!」


 その圧力に応えず、コートンおじさんはゆっくりを首を振る。


「じゃあこれだ、こっちならアンタから金貨二枚で買ったやつだから文句ないだろうが!」


 言うと冒険者は腰から下げた手斧をコートンおじさんに突きつける。

 コートンおじさんがポケットから金貨を一枚取り出すと冒険者はそれをひったくるように奪い取った。代わりに手斧を叩き付けるように販売台に置いて出て行く。


「くたばれ、業突ジジイ!」


 本日一回目の咆哮が通りにこだました。

 コートンおじさんは手斧を拾うと、整備用の篭に入れる。

 補修して売れば再び利益をもたらしてくれるだろう。

 拾った剣を自ら使うつもりらしい先ほどの冒険者のことは、一瞬だけ覚えていたがどのみち呪われた剣を振るって長くは生きられまいと判断し、すぐに忘れた。

 コートンおじさんの店は冒険者の友として、冒険者に寄り添いながら今日も営業を続けている。

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