第304話 青眼

 コルネリのうめきで僕は目が覚めた。

 払暁時だろうか。魔力は回復しているものの、起きるには早い。

 だけど二度寝をするわけにも行かず飛び起きて荷物をまとめる。

 コルネリの鋭敏な感覚が廊下にいる来客の気配をすでに掴んでいた。

 グル、と喉を鳴らして眼を細めるコルネリを撫でつけ、体内の魔力を練る。

 僕がこの宿への宿泊を決めたのは偶然だし、僕の顔を知る者はそもそもアーミウスにほとんどいないはずだ。

 となれば襲撃者の正体は見えてくる。

 僕は窓を開けてコルネリを逃がすと、ベッドを扉の前に動かした。

 ほぼ同時に扉を開けようとする動きがあり、あわてて飛び退く。

 男女が会わせて五人、狭い部屋に押し込んできた。

 それぞれ眼には力がなく、傀儡であるのが見て取れる。


『雷光矢!』


 狭い空間にたむろする侵入者が紫色の光球に貫かれてバタバタと倒れた。

 彼らはすでに人間ではない。そんな言い訳が脳裏に浮いたのだけど、もはや建前を気にしている場合ではない。

 次の魔力を練りながら部屋の中央で第二波を待った。

 瞬間、内蔵をまさぐられる不快さに吐きそうになる。

 間違いなくムーランダーだ。

 緊張や恐怖と同時に、降り積もった鬱屈が解放を求めて頭をもたげる。

 今ならいくらでも殺せそうだ。

 次いでバタバタと踊り込んできた連中を同じく雷光矢で貫くと、その勢いのまま廊下に飛び出た。

 すると、そこにいた。

 白い長毛、片手を欠損した件のムーランダーだ。

 彼らは遠くからでもこちらを覗けるものの、それでも眼前に立った。

 おそらく、精密な調査や戦闘を行うには自らもその場にいる必要があるのだろう。

 

「貴様!」


 僕が飛び出てくるとは思わなかったのか、ムーランダーは慌てて身構えた。

 すでに配下は三人にまで減っている。


『爆炎!』


 僕の魔法は狭い廊下にいる四つの陰を包んで弾けた。

 高熱に傀儡は炭化して倒れたものの、ムーランダーは炎除けの長毛のせいで効果は薄い。それでも衝撃によるダメージは防ぎきれなかったようでふらついた。

 攻撃を仕掛けてきたのだから敵でしかない。

 そうして、敵は動かなくなるまで攻撃をするのが冒険者の習性である。

 とどめの魔法を練る僕の眼前に白い長毛が出現した。

 両腕が揃い、青い眼をしたムーランダーは同類をかばうように僕の前に立ちふさがる。

 新手!

 僕は発生した雷光矢を青眼に向けた。かまうものか。射線からすれば、二体とも殺せる。

 しかし、魔法が発動するより早く僕の腕は青眼の異様に延びる腕に捕まれていた。

 

「落ち着け」


 青い眼が明滅し、僕の腰からがくんと力が抜ける。

 雷光矢はあらぬ方向に飛んでいき、天井に穴をうがった。

 

「戦いは終わりだ。こちらの負けでいい」


 青眼はもう一方の腕で赤目を掴むと強引に足下まで引き寄せた。

 

「こちらは話を聞きたいだけだ」


「オレは負けていない」


 膝をついた僕の前で、同じようにはいつくばる赤目が呻くように言った。

 青眼が無言で瞳を明滅させると赤目は床に倒れ込んむ。

 

「コイツの負けだ。だが、命を取らなければ気が済まないのならオレも戦うことになる」


 僕は慌てて首を振った。

 戦うもなにも、腰から下へまったく力が入らない。

 

「我らはオマエから話を聞きたい。また後ほど訪ねるので次は穏やかに迎えてくれ」


 そういうと、二人のムーランダーはかき消えるように空間へ溶けた。

 無数の死体をその場に残して。

 騒ぎに起き出した隣の宿泊客が死体と、その中にへたり込む僕を見て大声を上げ、宿屋に少し早い夜明けがやってきたのだった。


 ※


 駆けつけたアーミウスの兵士たちに連行されたのは男爵府に併設されているという兵士詰め所だった。

 

「だから、ムーランダーっていうんですか。変な怪物に襲われたんですよ」


 僕はウンザリした口調で取り調べ官に対してそう述べた。

 若手の兵士はキョトンとしているが、年かさだったり立場がありそうな連中は顔をしかめる。

 

「おい、どこでその名前を聞いたんだね?」


 老調査官が僕の前に座って尋ねた。


「センドロウ商会ですよ。僕はちょっとした縁で商会に招かれまして、女の子の一人をここまで送るよう頼まれたんです」


 僕が提出した身分証を見ながら老調査官は首をひねる。

 遙か西の都市を目指す学生として、ブラントがこさえた身分証も証言も不自然はないはずだ。


「送ってきたのはビウムって女の子だから、その子に確認してくださいよ。だいたい、あの死体だってやったのはムーランダーで僕じゃないです」


 死体には大穴が開いており、僕みたいな細腕ではそんな穴を開けるのは無理である。

 居並ぶ兵士たちは眉根を寄せて顔を見合わせた。

 

「とりあえず商会には問い合わせる。その間は拘束させてもらうぞ」


 明らかな厄介ごとへ辟易した表情の取り調べ官が言って僕は個室へ閉じこめられることになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る