第301話 後頭部打ち砕き丸

 ザナは手斧を掲げ踏み込むと、サンサネラの視線が得物に集中した瞬間、逆の手で掴みかかった。

 斧を受け流そうとナイフを構えていたサンサネラは見事に利き手を掴まれ、そのまま引っ張られ態勢を崩す。

 サンサネラはしかし、ザナが差し出した足を飛び越えどうにか倒れるのは免れた。

 しかし、その首筋には躊躇無く手斧が振り下ろされる。

 首に食い込むと思った手斧は、柄を持つ腕を掴まれて直前で静止した。

 と、ザナは掴んでいた手を離し、飛び退くように後ろにさがる。その表情は歪み、額には見る間に玉の汗が浮かんでいく。

 振り下ろされた手斧を止めながら、サンサネラは膝蹴りを下腹部に突き刺していたのだ。

 おそらく金的を狙った一撃は目標を逃し、それでも十分なダメージを相手に与えていた。

 ザナは忌々しげに唾を吐き捨てると欠けていない闘志を見せて手斧を低く構える。

 ひどく前傾し、刃を上に向けたその構えからは振り上げを狙っているのだろう。

 サンサネラも最大限の警戒を解かず、距離を詰める。

 あと一呼吸でサンサネラの胸がザナの間合いに入る。ザナの全身に気迫が漲り、筋肉が張り詰めた。その後頭部を密やかに回り込んだマーロが激しく殴りつけて戦闘は終了した。


「マーロ、よくやった」


 僕が送った無言の指示を読み取り動いてくれたマーロにお礼を言う。

 しかし、当の彼女は鞘に納めたままの短剣で殴ったため、鞘がへこんだことを気にしている。

 ザナはどう、と倒れて口から泡を吹いていた。

 派手な音を立てた一撃なので死んだかとも思ったのだけど気絶しているだけのようで、まったく頑丈な男だ。

 

「疲れた」


 サンサネラは呟き、肩で荒い息を吐いた。

 ほんの数秒、しかし命がけの時間は体力を多く削ったのだろう。

 

「アナンシさんがやってくれればよかったのに」


 マーロはザナが握ったままの手斧を取り上げると、その手を踏みつぶす。

 嫌な音がして、足を上げると手はあらぬ形に変形していた。

 利き手は砕け、これでしばらく用心棒稼業は休業だろうか。

 そんな事を想いながら気絶したままのザナを見た。

 意識がないので鮮痛を感じないで済むのはせめてもの救いだろう。


「君は僕の用心棒。戦うのは君の仕事でしょ」


 そうでなくても倉庫の人夫たちが遠巻きにこちらを見ている。

 マーロお気に入りの短剣が傷んでしまったのは大変申し訳無いのだけど、こんな環境で奥の手を使うのは躊躇われる。

 もちろん、それでもサンサネラの命には代えられないから準備をしてはいたのだけど、戦闘自体が素早く終わってしまったので使いどころを見つけられなかった。

 マーロは僕の回答に不満な用で、手にした手斧を苛立たしげに投げつけた。

 シュルシュルと大きな音を立てて飛んだ手斧は人夫たちの横を通り過ぎ、倉庫の壁に深々と突き刺さる。

 人夫たちは息を呑んでマーロを見つめていた。


「戦う方だったらいつだって文句は言いませんよ。でも、不意打ちは専門外です」


「じゃあ次は代わっておくれよ。アッシの専門は奇襲さ」


 大きく息を吸い、呼吸を落ち着かせたサンサネラは曲刀を鞘にしまうとぼやく。

 と、その視線がシアジオの部下に向いた。

 使用人はぎくりとして倉庫の中に逃げていった。


「まだ誰か出てくるの?」


 サンサネラに尋ねると、彼は首を横に振った。


「この倉庫じゃザナが一番さ。逃げただけだろうね」


 なんらかの手段を講じろと言って、彼は手段を講じたのだから別に怒ったりしないんだけどな。

 そんな事を思いながら大きな倉庫を見上げた。

 

 *


 アーミウスの大通りは露店が建ち並び、雑然とした活気を感じさせる。

 サンサネラやマーロと別れた僕は露店を冷やかしながらゆっくりと歩いて街を見て回った。

 首都とは言っても小国であり、僕が普段住んでいる迷宮都市よりずっと小さく人口も少ない。

 それでも行商人などの旅人もそれなりの数が歩いており、場違いを感じずに済む。

 

 倉庫からアーミウスまでの途中で別行動を申し出ると、サンサネラは快諾しビウムを押し付けられたマーロは渋った。

 だけど僕たちが三人で行動すると、まずはサンサネラが目立つ。

 次いで、女戦士という迷宮の外では希少な存在のマーロが印象的だ。

 国境や倉庫で僕を見た人が口頭で僕の特徴を伝える場合、猫の亜人を連れて女の剣士を連れた人の良さそうな青年と表現するのだろうから、知人が皆無の異郷で一人になれば僕の場合、まず見つからない。

 色々と知るため、動き回るにはその方が好都合だった。

 翌日の晩を集合予定時刻として、丸一日の自由行動だ。

 唯一の約束は互いに死なないこと。それさえ守れば最悪、集合場所に現れなくても構わない。

 そういうとサンサネラは笑い、マーロは不機嫌そうに唇を尖らせていた。


 夕日が照らす見知らぬ街は知らず僕を興奮させる。

 キイ、とローブの中でコルネリが抗議の声をあげた。

 

「ごめん、ごめん。君と二人きりだね」


 そう言うと、コルネリは嬉しそうに鳴いた。

 露店が並ぶ通りを離れて人の流れに乗って歩くと、一際賑やかな通りに出る。

 そこには数件の酒場が軒を連ねていた。

 料理の匂いが通りにあふれ出し、空腹がわき起こるのだけどせっかくだからもっと見て回ろうと歩くうち、飲み屋街とはまた別の賑やかさにあふれる通りに出た。

 そこかしこで派手な服を着た女たちが通行人の袖を引っ張っている。

 これは……花街か。

 僕は雑踏に混ざる嬌声に阻まれて立ち止まり、周りを観察した。

 僕が以前歩いたそれより規模はずっと小さいのだけど、それでも大勢の人々で賑わっている。

 別に下心があるわけでは無いのだけど、なんとなく尻がムズムズし、意を決して足を踏み入れた。

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