第289話 猫に小判

 大きなテーブルには肉や野菜の料理が大皿に載って並べられていた。

 

「毒でも入ってんじゃねえだろうな」


 パラゴはノッキリスを見つめて呟く。

 おそらく相手の動揺や視線でまずは内容を読もうとしているのだろう。

 

「こらこらパラゴ、失礼だよ」


 言いながら椅子に座ると、向かい側にサンサネラも腰を下ろした。

 ノッキリスは慌てて否定し、自らもサンサネラの隣に座る。


「でもせっかくだから賑やかな方がいいね。妹さんも呼んできてよ。一緒に食べよう」


 僕の提案にノッキリスはあからさまにうろたえた。

 僕としてものほほんと毒を盛られる訳にはいかない。


「料理は僕たちのを分けるからさ。名前はなんて言うんだっけ。僕も妹がいて、望郷に囚われるね」


 などといかにもな遠い目で語ってみせるのだけど、ステアとの結婚以来、当のメリアからはすっかり嫌われていて完全に避けられている。 

 だけどノッキリスは妹を大切にしている様子なので食卓に並べればいくらかは毒を盛りづらくなるだろう。


「妹は……体調が優れずに部屋で休んでいます。申し訳ありませんが」


 顔をボコボコに腫らしてどの口で言うのだろうか。どう見ても妹よりもノッキリスが休むべきだろう。

 

「そうか、残念だね。ところでノッキリス君、サンサネラさんは誰の命令下にあるの?」


「もちろん、センドロウ商会さ。ひいては会長かな。なぜだい?」


 ノッキリスに代わってサンサネラが僕の質問に答える。

 彼はノッキリスに無礼な言動をとり、サーディムへ強烈な蹴りを加える。

 サーディムかノッキリスの私的な兵隊であればそんな事はなかっただろうから、この回答は半ば予想通りのものだった。

 

「ええ、サンサネラさんの腕前が凄かったものだから興味が湧いちゃって。この辺は国境付近ですけど、サンサネラさんは忙しいんですか?」


 組織とすれば腕が立つ用心棒は本拠地にこそ置いておきたいものだ。

 まして、ここの責任者らしきサーディムも自らに敬意を払わないサンサネラを好んで侍らせているわけではあるまい。

 とすれば、彼をここに張り付けざるを得ない理由があるのだろう。


「いろいろね、あるもんさ。殊に兵隊さんたちを相手に商売してればね」


 戦場で興奮した兵士は問題を起こしやすいと聞いたことはある。

 いつ死ぬか解らない人間は自棄になるという。自棄になんかなれば余計に死にやすくなると思うんだけど。


「でも、戦場が近いってことは戦線が破られるとこの辺りもすぐに王国の兵隊が流れ込んでくるんじゃないですか?」


 そうなれば商売もなにもない。

 兵士たちは手こずった分だけ見返りを求め、徹底的な略奪へ走るだろう。その場合、最初に踏み込まれるのは村で一番大きなこの建物だ。


「その辺はサーディムの旦那が考えることさ。抜け目なく逃げ道は確保しているだろうが、そうじゃなくてもアッシは適当に逃げるよ」


 ケラケラと笑い、耳をパタパタ動かす。彼が本気を出して逃げれば追える者はそういないだろう。

 彼に合わせて僕も笑い、笑った後に手を叩いた。

 

「そうだ、サンサネラさん。明日の朝、この辺りを案内してくれませんか。もちろんタダとは言いません」


「ほう、なにかくれるの?」


 鼻先がピクリと動いて、サンサネラの目が細くなっていく。


「金貨百枚、の価値がある紙切れでどうでしょう」


 僕が差し出した紙を見てノッキリスが息を呑んだ。自らが署名した証文だとすぐに気づいたのだろう。

 それを手にとってサンサネラはじっと眺める。


「僕たちが持っていてもノッキリス君は落ち着かないらしいので、いっその事お渡しします。少しズルいですけどそれで案内代金にしてください」


 サンサネラの視線は僕の顔を舐め、次いで目を皿のようにしているノッキリスに向かった。


「サ、サンサネラ。それを僕に渡せ!」


 強い口調で言うノッキリスを無視してサンサネラは証文を懐にしまった。

 あくまでノッキリス個人の支払証文である。支払期限が来ればノッキリスは金を払わなければならない。

 額面通りとはならないだろうが、交渉次第で何割かにはなるはずだ。


「こら、サンサネラ。返せよ!」


 ノッキリスがサンサネラの袖を引っ張るのだけど、腕を一振りするだけで振り払われてしまった。

 

「と、いうわけで明日は案内をお願いします」


「いいっすよ。アッシでよけりゃ裏通りから葉っぱの裏までどこでも案内しやしょう」


 にんまりと笑ってサンサネラは胸を叩く。

 ノッキリスは無様に床へ転がっていて、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

 その顔はひどく惨めで可哀想になり、僕になにかしてやれないかと考えたのだけど、すぐに何も出来ないと結論が出たため無視することにした。

 とにかく、これで僕がノッキリスに狙われることはない。

 サーディムもしばらく動けないだろうし、サンサネラも敵対していない。

 この村を動き回るにはいい具合の条件が揃った。やはり人助けはしておくに限る。


「さ、それでパラゴ。毒は入ってそう?」


 尋ねると、パラゴは果実の酢漬けをテーブルの端に寄せた。


「酢漬けは匂いで判別がつかない。やめといてくれ。後は食いながらだ」


「ふふふ、毒なんて入ってないよ。なんせ、今晩アッシが忍び込んで殺す予定だったもんでね。ただ、その酢漬けはまずいんで食わないのは正解さ」


 サンサネラは笑いながら鶏肉の炒め物を皆に取り分け、自分の皿に一際多く盛りつけるとさっさと食べ始める。


「アンタたちはもう証文を持っていないんだから、襲撃もしなくていい。ゆっくり食いましょうや」


 ガツガツと口に放り込みながら皿を平らげると、未だ床にうずくまっているノッキリスを横目で見た。


「ねえ坊ちゃん。いいんでしょ、今晩の襲撃は無しってことで?」


 しかし、反応はない。

 おそらく、取引の失敗から監禁、暴行、サーディムの叱責と立て続けに遭い、ついに心が閉じてしまったのだ。

 彼も商魂たくましい商人なのだろうから速やかな復活を祈るばかりだ。


「つうことで今晩はゆっくり寝てくださいよ」


 サンサネラは酒瓶を掴むと直接口をつけ、勢いよく飲み下した。

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