第282話 問屋
「じゃあ、さっそくで悪いのだが地下通路を通って今すぐ出発してくれないかね」
僕が承諾するとブラントは粛々と手順を説明した後にそう言った。
せめて明日の朝まで待ってくれとさんざん抵抗したものの、かなうことはなく秘密の地下通路を歩かされる羽目になったのだった。せめてそれなりの額の現金補償を約束してくれたのが救いか。
それにしたって身重の妻と新婚の妻、その他諸々を置いて出るには軽い気もする。
そんなことを考えながら暗闇を抜けると、そこにいたのがパラゴとマーロだった。
出口に案内役が待っているとは聞いていたものの、二人の人選に面食らう。
「遅えよ」
疲れたように文句を言うパラゴと、すぐにでも歩き出そうとするマーロ。
僕たちの旅はこうして幕を開けたのだった。
*
山賊の詰所に隠れていた連中は全部で六人。
二人は刃向ってきたので眠らせたが、後の四人は窓から飛び降りて逃げだしたので見逃した。
「逃がしたんですか?」
二階に上がってきたマーロは遠ざかる四つの背中を見ながら僕を非難する。
かつて、迷宮で突発的に出会ったゴロツキを殺したとき、彼女は僕たちを非難したはずだから随分と思い切った宗旨替えをしたのだろう。
「気に食わないなら追っかけて行って殺しなよ。待っていてあげるからさ」
僕自身、迷宮では人を殺しても都市では殺さないと決めていた。
それを犯してしまうと自分が魔物になってしまうような気持ち悪さが付きまとっていたからだけど、都市でも迷宮でもないここならどうだろう。必要に迫られればためらいはしないけど、そうでないならあまりやりたいことではない。
二人の手足を手早く縛ると、命令通り働いてくれたコルネリを誉める。
飛びついてきたのを受け止めて背中を撫でると眼を細めて喉をならした。
「それ、どうするんですか?」
マーロが短剣を引き抜いて床に転がる二人に向ける。
僕の返答次第で殺すのだろう。
「自分で決めなよ」
たまたま立ち寄った場所の、山賊の処遇なんて僕の知ったことか。
殺したいのであれば殺したいものが己の意志でやればよく、僕には関係がない。
もの言いたげな表情の彼女を置いて下に降りると、パラゴが食べ物を戸棚から引っ張り出していた。
壁に括られた二人の子供はおびえた眼差しで僕を見つめている。
「鎖くらい外してやればいいのに」
僕が言うと、パラゴは肩をすくめて小さな道具箱を取り出した。
「アンタがやれって言うのならやりますがね、アナンシさん」
今回、ブラントが用意した偽の身分証明証にある名前をパラゴは呼び、僕も意図を察して頷く。
「うん、放してあげてよ」
僕たちはこの旅の間、迷宮に潜る冒険者ではない。遙か西の国へ遊学する青年と使用人たちなのだ。
パラゴは鎖の戒めをなんなく解いて二人を解放すると水の入った桶を持ってきて二人の足下においた。
「なあ、アナンシさんに感謝しろよ。おかげでオマエたちは山賊から解放されるんだからな」
二人はぐったりとした体を支えきれずに床に崩れると、それでもペコリと頭を下げた。
二人とも泥に汚れて顔立ちはわからないものの、一人は殴られたのか顔を腫らしている。
その顔を腫らした方がむせたように咳こんだあと口を開いた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。持ち物を奪われたので今は何もありませんがいつかお礼を……」
鼻血で喉が荒れているのだろう。その声はガラガラで痛々しい。
だけど話し方と物腰を見れば育ちがいいのだろうか。床にへばりながらも、もう一人を庇うように位置取っているので、怪我もその様にして負ったものなのかもしれない。
「ええと、お礼は貰えばいいんだけどそれよりも大丈夫?」
回復魔法が使えればよかったのだけど、残念ながら今は使い手がいない。
「大丈夫です。ですがここの山賊は三十人ほどの人数がいます。逃げた賊が仲間を呼んでくる前にはやく逃げましょう」
よほど怖かったのだろう。せっかく助かった幸運を放したくない、というように彼の眼は悲痛な光を湛えていた。
「多分、帰っては来ないと思うんだけどね」
間違いなく先ほど皆殺しにした山賊たちだ。
だけど、それを告げるべきかは悩む。もしかすると危機感を煽ることでもっと情報を得られるかもしれない。
「油断はできません。早く逃げましょう!」
悲痛に叫ぶ彼に、後ろの子もしがみつく。
その声を聞きつけてマーロも二階から降りてきた。
「うん、うん。わかった。じゃあパラゴ、すぐ食べられるものを持って出発しようか」
「わかりました、アナンシさん」
パラゴはわざとらしく大きな声で怒鳴るとパンと干し肉などを布に包みすぐに肩へと背負う。
「マーロはよけいなことは言わなくていいからこの二人に肩を貸してあげてよ」
「……はい」
一応、僕が言わんとすることをくみ取ったのか不服そうながらマーロは従ってくれた。
「ところで、君たちはなんでこんなところに捕まっていたの?」
ここは国境に近い山岳地帯で、王国と諸国連合が戦線を張る街道を避け、両国を行き来しようとする者が往来しているのだという。
とはいえ敗残兵や仕事にあぶれた傭兵団、住む村を追われた流民などが山賊と化して獲物を探す中を通行することになるのだから、よほどの理由がある者以外はまず通らない。彼らからその理由を聞きたかった。
だけど、彼らの口から出たのは意外な回答だった。
「私たちはアーミウス男爵国に本拠を持つセンドロウ商会の者です。今回は父の名代で商品の買い付けに来たところを汚い連中に裏切られて妹とともに捕まってしまったのです」
つまり彼らは僕たちと同じように麓の村で騙され、山賊に捕らえられたのではなく、最初から山賊のもとへ訪れていたのだ。
商品の買い付け。こんなところに。ここで手に入るものはいくらもないだろう。それでも僕は聞けずにいれなかった。
「ちなみに、仕入れにきた商品ってなに?」
今にも山賊が戻って来るのではないかと怯える少年は質問の真意に気づかない。
「連中が集めた物品と奴隷です」
少年はひとかけらの淀みもなく言い放った。
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