第283話 裏道
気が急いている少年たちと建物を離れて岩陰に座り込む。
「僕たちも男爵国を通ってもっと西に行きたいんだけど、君たち道はわかる?」
パラゴが配るパンを受け取りながら僕は少年たちに聞いた。
彼らは僕たちの様に騙されたのではなく自らの意志でやってきたのだ。
運が良ければ正しい道を知っているはずである。
「はい。この道をもう少し登ったところに小さな集落があります。そこからは隣国まで馬車が通れるように道も整備されています」
この辺りで買い集めた商品を本国に運ぶためにも道がなければ話にならないのだから、ひっそりと道が引かれていても不思議ではない。
しかし、また馬車か。
僕は暗澹とした気持ちになった。
都市を出て以来、パラゴが案内するままに数日間乗り合い馬車を乗り継ぎ、最後は荷車を雇ってまで強行軍で進んできたのだけど、僕はどうもその乗り心地に耐えられず気持ち悪くなってしまうのだ。
特に西方領都から麓の村までは道も悪く、まだ目の前が揺れているような気さえする。
山間に密売業者が通した道など、馬車で走ればどれほどの辛さだろうか。考えただけで胃液が逆流しそうだった。
でも、一ヶ月以内に都市へ帰らなければいけない身としては移動の高速化が出来るのはありがたい。そういった意味では彼らを確保できたのは大きな収穫だ。
「ところで、オマエたちはなんで捕まってたんだよ」
パンを齧りながらパラゴが聞いた。
少年は腫れた顔を嫌悪に歪めながら地面に血の混ざった唾を吐く。
「あの恩知らずどもが急に裏切ったのです。いつも通りの取引のはずだったのに、家令が殺され、使用人たちもあっさりと降伏しました。人倫にもとる獣どもが目先の欲望にあらがえなかったのでしょう」
忌々しげに言うのだけど、おそらくは商売相手として見切りをつけられたのだろう。
なんせ彼らの本拠地は王国に攻められている小国にある。崩壊してしまえばどのみち取引は続けられないだろうし、そうなれば最後の取引は放棄して金を持って出向いた者を獲物と見なした方が割もいい。
「そりゃあ災難だったな。ところでオマエたちの所属するナントカ商会ってのは規模がでかいのかい?」
パラゴの問いに、少年の表情は一瞬で警戒の色に切り替った。
「ええ、男爵府の御用商をつとめ格式もしっかりとしていますのでご不満のないお礼は出来ると思います。まずは国までの護衛をお願いできないでしょうか」
今この瞬間、僕の気が変わって彼らを商品とする危険性もある。それに釘を刺したかったのだろう。
同時に、僕は思わず笑ってしまった。
「いいんだけど、代金は盗られる、使用人は殺されるで大損をした穴埋めにセンドロウ商会が僕らを襲わないと約束はしてくれるね」
もちろん、タチの悪い冗談である。
同時に、彼らにとって最も利益に繋がる行動への牽制も兼ねた言葉に少年は目を泳がせた。もしかすると頭の隅には既にその案が浮いていたのかもしれない。
小金持ちのボンボンを捕らえて所持金を奪った上で奴隷として売り払うか身代金を請求する。山賊たちの行動は実に合理的で隙がなかった。ということは他の者も同じ事を検討するものだ。
「不詳、このノッキリスの名誉に掛けて悪いようにはしませんのでなにとぞお願いします。アナンシ殿」
ノッキリスと名乗る少年は唇の端を噛み破るほど深刻な面もちで訴える。
正直に言えば彼の名誉には興味がないのだけれど、有力な商人との伝手ができたのは幸運だった。きっと日頃の行いがよほどよかったのだろう。
「まあ、どっちでもいいじゃないですかアナンシさん。もし何かありゃ自慢の用心棒姉さんの出番ですよ」
パラゴも言葉を重ねて牽制する。
マーロの表情は明らかに嫌そうだけど、彼らの為を思えばこそ最初に釘を刺しておいた方がいいのだ。
たいていの場合に於いて恩人への感謝は最初の瞬間が最大で以降は漸減を続ける。対して、こちらが報酬を受け取るのはしばらく時間が経った後であり、互いの意志がズレれば悲劇が起こる。
もちろん、場合によっては悲劇を起こすのもやぶさかではないけれど。
「そうはいかないよ。ノッキリス君、悪いんだけどこの場で報酬について書面にしたためてくれるかな。見ての通り女の子の用心棒一人をつれただけなんだ。彼女はそこらのゴロツキの二人や三人くらい怖くないんだけど、僕とそこの彼は荒事がからっきしだから後で揉めるのは怖いんだ」
その提案にノッキリスは金額を提示した。金貨十枚。用心棒一人を三日ほど雇う見積もりだろうか。
「とりあえず十倍かな。それから僕たちがアーミウスに滞在している間の費用を持って貰える?」
ノッキリスは潰れかけた目を見開き、うろたえた。
最初に提示したのが彼個人の支払える最大額だとすれば僕が提示した金額は荒唐無稽な金額になる。
ここですんなり飲み込むなら、それは後々約束を反故にする気だ。
もっとも、溶けた鉄を飲み込むような覚悟で彼が受けたとしても、結局は商会側から反故にされる証文である。
つまるところ、ノッキリスに約束を破らせて負い目を押しつける為の手段であって、僕にとってはどちらでもよかった。
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