第275話 尻尾絡みつく
しばらく無言で僕を見つめたあと、ギーは首を振った。
「オマエたちが深い層に潜った件は聞いてイル。だからまずは生還してよかッタ。それは素直に喜ばしいと思ウゾ」
ギーはベッドから立ち上がると、メリアに布団を掛けて食卓に移動した。
僕たちも向かい側の椅子に並んで腰をおろす。
「ダガ、浮かれるにも限度がアル。若い男と、それに好意を持つ若い女だから、血が騒ぐ事もあるだロウ。妻に隠れて逢瀬を遂げる空間も限られるとは思ウ。だからといってここに来られても困るノダ。ましてメリアもいるこの小屋ニ……」
「違う、違うよ!」
とんだ勘違いに僕は慌てて手を挙げた。
確かに生還した勢いで気分は高揚気味だ。だからといってその足でステアを抱くためにここへ連れ込んだ訳ではない。
「私たち結婚する事になったんです」
ステアの言葉が傷口に塩をすり込んだ。
ギーの尻尾がビシッ、と鋭い音を立てて地面を打つ。
初めて見る彼女の仕草に、僕もステアも肩をすくめて硬直した。
「ちょっと待ってよステア、僕たちはそんな話をしに来たんじゃないでしょ」
何事も順序が大事だ。
それをすっ飛ばして話すとあらぬ誤解を受けかねない。
「あら、でも結局はそういうことじゃないですか、だからここに来たんであって……」
再度、尻尾がしなり床をたたく。
ギーは十分に順応が進んだ熟練の戦士であり、膂力は十分だ。
叩きつけられた床板は割れてしまっているのだけど、僕たちの体ならもう少し派手にはぜるだろう。
想像して背筋が寒くなった。
「違うんだって。ギーもステアも少し僕の話を聞いて」
主導権を握らんとした僕の足にギーの尻尾が絡みつく。
「妻帯者が盛り上がってヨソの女と結婚の約束カ。ルガムはいいツラの皮ダナ。しかしオマエがそこまで節操なしとは思わなかっタゾ」
何か言おうとするステアの口に手を当て、足に絡みつく尻尾をそっと握った。
尻尾はビクッと反応したあと、おずおずと離れていく。
しかし、彼女がその気になれば次の瞬間には足を砕かれてしまうだろう。
僕は必死で成り行きを説明した。
ステアに帰還命令が出たこと。
僕が提案してステアが教団を離れること。
この地で新教団を設立すること。
その最初の一歩としてステアがメリアに会いたがったこと。
ギーは腕を組んで聞いていたが、聞き終わると小さく頷いた。
「話は分かっタガ、やはり今はダメダ。冒険者なんかとは違いメリアは朝から仕事をしているノダ。用があるのなら夕飯時にコイ」
ギーがいうことはもっともなので、従う以外の選択肢はない。
「じゃあ、また来るよ。今度は夕方にさ。それか、いろんな事もあったし皆でご飯を食べにいこうか」
「それならいイナ。仲間の前では話せる事もあるだろうかラナ。しかし……ルガムに殺されるナヨ」
ギーは立ち上がって僕とステアの頭を軽く叩いた。
「コレは夜中に起こされた事への抗議ダ。ギーはまだ眠タイ。早く帰レ」
どうやらいつもと違い泊まっていけとはいってくれないようだ。
「ステア、今日の所は帰ろうか」
促すと、ステアもコクンと頷いて立ち上がった。
「夜分遅く、すみませんでした。どうしてもメリアさんとお話したかったものですから」
そうして、僕たちは小屋を辞して庭に出る。
扉を閉める瞬間まで、ギーの無表情な目がもの言いたげに光っていたけど、その内容まではわからなかった。
「さて、帰ろうか。教会まで送っていくよ」
一応、方針は定まったもののいろいろな事が確定したわけではないのだ。
互いにいつものねぐらへ戻って身を休めるべきだろう。
すっかり忘れていたけど、迷宮を出るときにリュックへと突っ込んだコルネリも疲れているのか深い眠りに落ちている。
と、ステアが僕の手を引いた。
「本当に帰りますか。初夜……いえその、夫婦にとって初めての夜というのはもう少し長くてもいいと思うのですが」
暗闇でもはっきり解るほど、彼女の頬は赤く染まっていた。
初夜、夫婦……彼女を教団から引きはがす為に約束したことだから、それは守りたい。
でも、同時にルガムの顔が頭に浮かぶ自分もいた。
「まだ、きちんと周囲を納得させていないからさ、正式な結婚と初夜はまたの機会にしようか」
ステアは唇をとがらせて不満げにうめいたけれど、どうやら納得してくれたようで大きく深呼吸をして僕の手を握った。
「いいでしょう。メリアさんも納得させて、ルガムさんも納得させて、ついでにギーさんも納得させて祝福の中で結ばれましょう。さしあたっては明日にでも私たちと小雨さんたちで今後について協議をしなければなりませんね」
困難な道を歩くにせよ最初の一歩は重要だ。
そしてどちらに歩き出すにせよ有力者の力を十分に利用しなければならない。
小雨が抜けるならガルダも巻き込める。同時に並び立たれると手も足も出なくなるのでブラントは除外か。
ご主人に相談するのもいいかもしれない。
となれば人目につかない場所に集まる必要がある。
上級冒険者御用達の宿屋あたりが適当だろうか。
親友にして我らがリーダーのシグを忘れていた。彼ならきっと諸手をあげて協力してくれるに違いない。
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