第258話 目論見
トロールたちは確実に強くなっていく。
それは内包する魔力量を確認すれば一目瞭然で、だけど前衛組の負傷は戦闘を重ねる度にむしろ減っていった。
僕の胸に張り付いて眠っているコルネリは、迷宮生まれで迷宮にいながら順応を進められる魔物である。
でも、彼らは少なくともまだ人間なのであって、迷宮に入って以来、順応は進んでいない。
地下三十階に降りてすぐ、僕が予見した通りにトロールが九匹たむろしていた。
こちらには気づいておらず、ノラが無言で合図すると同時に僕とゼタが魔法を唱えた。
『眠れ!』
『雷光矢!』
ゼタの魔法が半数の意識を飛ばし、僕の魔法が三匹のトロールをバラバラにする。
襲撃者の接近に気づき、斧で迎撃しようとした先頭のトロールの脇腹をノラは撫で切ると、そのまま駆け抜け、後列で戸惑っているトロールの頭を断ち割った。
脇をすり抜けたノラを目で追うトロールは、続くカルコーマへの注意が削がれ、横手からの蹴りに膝を蹴り砕かれる。
ドウ、と大きな音を立てて倒れるトロールの陰に沿って進んだ小雨は果たして気づかれずに獲物にとりつき、音もなく首を掻き切った。
カルコーマが馬乗りになったトロールの顔に拳を落とす横で、意識を失った他のトロールをノラと小雨が仕留め戦闘は決した。
「固えが、慣れりゃどうってことないな」
手をヒラヒラと振って立ち上がったカルコーマは汗に濡れた長髪をかきあげて呟く。
地面に転がったトロールは顔面がつぶれ、後頭部は砕けていた。
あらためて、怖気が立つほどに強い。
彼ら三人はもともと対人戦の達人であって、トロールは亜人である。順応が進まずとも技術を相手に落とし込んでいくだけでついには状況に対応してしまった。
「親玉の居場所は、つかめたか?」
ノラは刀を鞘に納め、僕の方を見る。
上層で会った成れ果ての魔法使いは地下三十階で遭遇した、と言っていた。
「ちょっと待ってください。少し集中が……」
僕は断って、目を閉じる。
実のところ、既にそれらしき魔力の塊をいくつかは見つけていた。そのうち、どれが神官かはわからなかったものの、会いに行くのに迷いはしないだろう。
「ここをまっすぐ行って、左に曲がったところ。そこに百匹ほどのトロールが集まっています」
魔力は一か所に固まっており、その中でもいくつかとびぬけた強さの魔力が混ざっている。
「百匹か、面倒だな」
カルコーマが顔をしかめた。
今まで降りてくる中では事前に察知し、遭遇する相手を選んでいたこともあり、多くても十匹ほどの群れとしか遭遇していなかった。
それが百となれば話は大きく変わって来る。
「ここまで来てなにを言ってるのよ。行くわよ!」
ゼタは引く気がないらしい。
でも、僕やステアはそんなところへ付き合う義理はない。
「ねえ、ゼタ。その神様が何をしてくれるのかはしらないけれど、その為に僕たちが死んだら意味がないよ。今回はやめておかない?」
ステアも不安そうな表情を浮かべて僕の方を見て頷いている。彼女だって死にたくないのだ。
なにより、僕たちも随分と疲れている。一度地上にもどり、順応を進めつつ体勢を整えてから出直すというのも変な話ではないだろう。
もちろん、その行程から僕とステアは外れるのだけど。
「次はないのよ。発生したトロールが消えてなくなるまでおおよそ十日。私が今回の発生を聞いてからもう七日が経っているから。さ、行きましょ」
ゼタは宣言するとノラを睨む。
今回のリーダーはノラで、行動の指針は彼が示すからだ。
かといって、僕も押し切られるわけには行かない。
「でもトロールの神官をやっつけるにしたって、周囲の百匹をどうするのさ。さすがに奇襲も通じないよ」
地形までは分からないのだけど、おそらくトロールたちは広い空間に陣取っている。
上手くやっても最初の数体を倒したあたりで気づかれ、あとは囲まれてしまうだろう。
ノラたちがいくら強いとはいえ、それは局地的に有利な条件を突きつけるのが上手いのだ。一度に大勢と対峙すれば対応できずにすりつぶされてしまう。
「私には私の作戦があるの。あなたたちを生贄にして自分だけ助かろうとかは思っていないから安心しなさい」
「安心させるには、その作戦の中身を話してよ」
僕の言葉にゼタは嫌な顔をした。
しかし、横手からカルコーマが口をはさみ、僕に同調してくれた。
「いや、小僧の言う通りだ。俺は死にたくない。事前にきちんと話せ。話せないなら俺は行かない」
ノラと小雨は成り行きを静観している。
小雨はノラに従うつもりだろうが、ノラは無表情の為に感情が読めない。
「……私は、敵を同士討ちさせる魔法が使えるわ」
嫌そうに言ったゼタなのだけど、それなら僕も使える。
それくらいでどうにかなると思っているのであれば、やはり逃げ出さないといけない。
「あなたが使う混乱と、モノは同じ。でもそこから改良を加えて、効果が数十分間に延ばしてあるわ。その上で、私には混乱させた魔物を意のままに操るっていう秘術もある」
僕に聞かせたくなかったのだろう。彼女の奥の手は僕も知らない魔法だった。
ウル師匠がコルネリを寝かせた様に、通常の魔法を工夫して効果を強くしているのだ。
「死霊術と似ているわね。敵を戦力として利用するの。あなたが死霊術も使うのなら戦力的不足はないでしょう。乱戦のすき間を縫ってトロールの神官を捉えるだけよ」
『だけ』とつけるとき、人は騙し、丸め込もうとしているものだ。
事実、ゼタの目論見が十分に果たされたとして、そこから先が簡単に進むとは少しも思えない。
しかし、ノラが言葉を発してしまった。
「行くぞ」
こうなればもう僕では逆らえない。
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