第243話 信条の欠如

 教会からやって来た大男は料理が運ばれてくるたびにヒョイ、と口に放り込み、酒で流し込んでいく。

 旺盛な食欲に、固いも柔らかいも関係なくかみ砕く咬筋力が獰猛なまでの生命力を象徴していた。

 僕は黙ってそれを見ながら、申し訳程度にカップを手に持ったり離したりで場をごまかす。

 そもそも、僕はこの男のことを全然知らないのだ。

 おそらく花街騒動の時からノラの仲間になったのだと思うが、それからだって会話をしたのは一度か二度だ。

 

「あの、ノラさんたちは一緒じゃないんですね」


 僕が見るときはいつもノラや小雨と連れ立っていた。

 そもそも、一人で歩いているのを見るのが初めてである。


「ああ、大将とお嬢なら迷宮だよ」

 

 カルコーマは最後の鶏肉を口に入れ、すぐに追加注文を怒鳴った。

 あまりに行儀が悪いのだけど、この怪人を諫められる人間はそうおらず、店員は遠くで頷く。

 

「お二人が迷宮なら、ついて行かなくてよかったんですか?」


 パーティであるのだから、基本的には全員の日程を調整して迷宮に潜るのが普通である。

 にも関わらず、この男はここで酒を飲んでいる。

 

「ああ、俺はホラ、ハライタだよ。ハライタ」


 言いながら、手持無沙汰なのか僕の分の料理に手を伸ばし食べ始めた。

 僕は皿をカルコーマに押しやる。こいつが病気なら世界に健康な人間は一人もいない。

 しかし、僕の視線に気づいたのかカルコーマは鼻で笑った。


「内緒だぜ。たまにお嬢が合図を出すのよ。そうすりゃ、俺はすぐに腹を抑えてのたうち回る段取りになってんだ。まあ、本当にたまにだけどな。そうすりゃ、大将もあの人柄だからそうか、の一言で終わりよ」


 なぜそんなことをするのか、なんて疑問にもならない。

 小雨はノラと二人きりになりたいのだ。

 都市有数の実力を誇る冒険者でありながら、なんという間の抜けた話なのか。

 だけど僕自身、モモックとの件もあり人のことは言えない。

 

「カルコーマさんは何故、ノラさんたちの言うことを聞くんですか?」

 

 不意に気になった。

 この男はよそ者で、二人に何の関係もなかったはずだ。


「俺より強いし、飯を食わせてくれるからな」


 胸がズキリと痛んだ。

 その理由はどこかで聞いた気がする。

 いや、考えるまでもない。僕だ。

 僕が奴隷に身をやつし、それでも受け入れていたのは、生活の保障があり、その上で抗う程の力も、信条も持ち合わせていなかったからだ。

 与えられた寝床で、言われる仕事を淡々とこなす。

 

「カルコーマさんの出自って……」


 奴隷出身ですか、と聞こうとして失礼な気がして止めた。

 

「俺はもともと拳奴だよ」


 カルコーマは気にする風もなく言う。

 しかし、拳奴なんて話では聞いたことあるものの、実物を見るのは初めてだった。

 誰から聞いたのかも忘れたけれど、大陸のはるか西の方では奴隷による殴り合いが娯楽になっているのだという。

 細かいルールは知らないけれど、目の前の大男は見るからに強そうという意味で説得力は十分だった。

 

「物心ついた頃のガキが集められてな、雑用したり練習したり。飯はいつも腹いっぱい食えてな。気楽なもんだ」


 幼少期を懐かしみながら、カルコーマは運ばれてきた追加の料理に手を伸ばす。


「あの、でも拳奴って殺しあうんじゃ……」


「当たり前じゃねえか。派手に殺すから盛り上がるんだよ」


 その当たり前を踏まえて、カルコーマは気楽だと言ったのだ。

 

「え、でもカルコーマさんだって死ぬかもしれないし」


「そういうのは弱い奴が心配するんだよ。俺はいつも、次はどうやって殺してやろうかしか考えて無かったぜ」


 確かに、それで殺されていれば僕はこんな風に拘束されていないはずだ。

 

「もっとも、途中から賭けが成立しなくなってな。いろいろやらされたよ。猛獣や、武器持った奴や、大勢の時もあった」


 そうして、その全ては蹴散らされたのだろう。

 と、カルコーマは身を乗り出して、僕の耳元で囁いた。


「それにな、強い拳奴に抱かれたいって女は多いんだよ。貴族だぜ。順番で、毎日五人だ。それでまた満足させりゃ、小遣いも貰えるし、酒も貰える。ここだけの話、あっちの貴族には俺の血を引いた子供も沢山いるだろうぜ」


 カルコーマは誇らしげに語ると、元通り椅子に腰かけた。

 今の話のどこに誇るべき箇所があったかは不明だが、確かに貴族が奴隷と密通など、公になれば冗談にもならないだろうし、その結果として妊娠しても隠し通すだろう。

 この男が罪に問われることはない。


「じゃあ、なんでこの都市に来たんですか?」


 西の果てで拳奴を続けていればここで会うことはなかった。

 それに年老いて力が弱くなったというわけでもあるまい。

 その質問に、カルコーマの表情が歪む。

 

「勝ち過ぎてな。試合を組めなくなったんだ。地方巡業もしたし、色物もその対策だったが、しまいにどうやっても賭けが成立しなくなって干されちまった。それで、用心棒としてキトロミノスっていう不気味なジジイに買われた。あとは、なんやかんやあってここに来たわけだ」


 そうして、おそらくノラに負けて仲間になったのだろう。

 ということはキトロミノスなる人物はエランジェスの関係者なわけで、その組織の情報は聞いておきたかったのだけど、以降カルコーマの話はノラがいかに強く、おっかないかに終始し、キトロミノスは二度と登場しなかった。

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