第237話 夕暮れ道
ドタバタとすったもんだがありつつも、僕らは無事に迷宮から脱出する事が出来た。
空は夕焼けに赤らんでいて、本来なら失った大切な人と大切な体の一部について感傷に浸るのだろうけど、ビーゴとモモックの軽口にぐったりと参ってしまっていた。
「じゃあ、俺は帰るよ」
ベリコガはそう言うと仲間達をおいて都市の方へ歩き出す。
「ちょっと待ってください!」
リュックから取り出した昏睡状態のコルネリと、代わりにリュックへ隠したモモックの重さに耐えながら僕は小走りでベリコガに追いついた。
「今回は本当にありがとうございました。おかげで凄く助かりました」
しかし、ベリコガは力ない笑みを浮かべると小さく首を振る。
「俺が生きているのはあんたのおかげだからな。恩に思っているよ。それに、鍛えた腕前を試したかったのもある。……力不足で迷惑掛けたけどな」
気絶して戦列に穴を開けたり、連携に遅れて無用な被害を仲間に与えたのは事実だけど、それでも彼は期待以上に働いてくれた。
彼と同等以上の戦士を捜すのは簡単じゃないだろう。しかも、僕の事情を知っている人材とすれば本当にありがたかった。
「迷惑だなんて。ものすごく強くなっている事にも驚きましたし」
ベリコガはため息を吐くと頬ヒゲを撫でる。
「そうだな。俺がここに来た頃は本当に情けなかった。しかし、最近思うんだよ。もっとずっと以前から、それこそ故郷にいる頃から鍛錬に励んでいたら、チャギもトーウェも守れたんじゃないかって。今更だけどな」
確かに、今のベリコガは強い。実力的には達人級と言って差し支えなく、よほどの事がなければ後れはとらない筈だ。
でもそうだったら、結局他の人間が標的になっていただろうから、トーウェは死ななかっただろうけどチャギは巻き込まれただろう。
「過ぎた事です。少なくとも僕は助けられました。それでよしとしてください」
僕だって、かつてテリオフレフを救えず、それでも今日は一号を救った。
時間がさかのぼらない以上、考え無ければ成らないのは結局これからなのだ。
そう考えて、果たしてウル師匠の事を忘れて進めるものか不安になった。
「なあ指導員、もし俺が北方に帰ってトーウェの仇を討ちたいと言ったらどうするね」
ベリコガは昏い目でぽつりと呟き、すぐに笑みを浮かべた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
ベリコガは言い捨てると再び早足で歩き出し、今度こそ立ち止まらなかった。
「あんオッサン、死ぬ気っちゃない?」
リュックから顔を出したモモックが耳元で囁く。
なんとなく、そんな気配はした。
でも、僕が掛ける言葉を選びあぐねている間に、ベリコガは遠く離れていて声が届く距離ではなくなってしまっていた。
「師匠、なにやってるんですか。帰りますよ」
背中から声を掛けられ振り向くと、詰め所に報告へ行ったビーゴと、装備品を倉庫に預けたシグが立っていた。
シグの背後には相変わらず沈黙を貫いているギーがいて、僕は曖昧に頷き彼らを迎えた。
ベリコガにはベリコガの人生があり、鬱屈がある。
僕とは違う理由で都市に流れてきて、そのまま居着いた彼の本来の居場所はどこだろう。
そうして、僕が立つべき居場所は。
※
都市に戻り、シグとビーゴが去るとギーは僕のリュックに手を突っ込んでモモックを引っ張り出した。
「どこかで遊んでコイ」
そう言うと返答も待たずにモモックを建物の影に放り投げる。
空中で膨らみ、鞠のようになったモモックは二、三度はずむとそのまま日が沈んで真っ暗な路地裏に消えていった。
代わりに僕が担いでいるコルネリを無造作にリュックへ押し込む。
「サ、帰ルゾ」
モモックを目で追っている間、僕の手はギーに握られていた。
ひんやりとしてザラザラした手が僕の指を締め付ける。
「ええと、帰るって僕の家は……」
言う間にギーは歩き出し、僕は引きずられるように続いた。
「落ち込んでいるときくらい帰ってコイ。ギーもメリアもお前の家族だロウ」
彼女なりの優しさなのだろう。
泊まるのはともかく、久しぶりにあの小屋へ戻りたい気にさせられ、僕達は手を繋いだままお屋敷への道を歩いた。
でも、脳裏には出掛けのルガムの姿が浮かぶ。いい雰囲気を途絶えさせたコルネリはちょうど眠りに落ちているし、一号にもあとで試すと告げたばかりじゃないか。
などと考えているうちにお屋敷へ着き、番兵に頭をさげるとずるずると庭へ引っ張られる。
すれ違う人、皆に頭を下げながら歩くのだけど、みんなずんずんと歩くギーには近寄り難いらしく目を逸らすか愛想笑いをするに留まった。
「着いタゾ」
ギーに続いて小屋に入り、僕は驚く。
以前はがらくたが詰め込まれていた小屋の中が、なんと言うことだろう。綺麗に片付けられていた。
物の隙間の狭い空間で過ごしていた住居スペースは広がり、あろうことかベッドまで設えられているではないか。
「お前の主が約束どおり待遇をよくしてくれタゾ。代わリニ、故郷へ世話になっている旨の手紙を書かせられたガナ」
ギーは槍を壁に立てかけると、これも作りがしっかりとした背もたれ付きの椅子に腰掛ける。
その表情はいつものものだったのだけど、どこか気だるげで物憂げに見えた。
「あれ、ひょっとしてギーも悩んでる?」
僕が聞くと、彼女は口を開けたままこちらを見て固まった。
どうやら図星だったらしい。
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