第235話 魚人

 空間を引き裂くような勢いで飛来した物体は常時展開している分厚い結界を容易く突き破り、東洋坊主の左胸から腕にかけてを吹き飛ばした。

 欠損を一瞬で復元し、次弾を避けると通路の先に目をこらす。

 遙か先にぬめぬめとした鱗を持つ魚人の魔物が十体ほど立っていた。

 手には三つ叉の銛を持っているものの、先ほどの攻撃はそんな常識的なものではない。

 魚人の一人が口を開くと、その中から筒が伸びて東洋坊主に向いた。

 音もなく砲弾は放たれ、次の瞬間には的に到達する。

 身をかわす東洋坊主の動きを予想したように、他の魚人達からの攻撃が次々に降り注いだ。

 東洋坊主はとっさに気を張り、身を固め、次々と飛来する物質を迎える。

 防御に使った腕がはじけ飛び、胸の骨が砕け、内蔵も潰れる。気づけば攻撃を受けた皮膚も音を立てて焼けていた。

 スライムか!

 自らの体にへばりつくのは粘液状の魔物だった。

 魚人達はスライムを固め、打ち出しているのだ。

 スライムの弾丸は雨のように降り注ぎ、負傷を負う端から復元していくものの、攻撃が途切れずに反撃の糸口がつかめない。

 守りをすり抜けた一撃が再び胸を打ち抜き、気脈が乱れる。

 呼吸が滞り、続く砲撃に大打撃を受けながらも東洋坊主は冷静に思考していた。

 こちらの攻撃は届かず、相手には一方的に打たれ続ける。

 口や鼻から体内に侵入しようとするスライムも顧みず、東洋坊主は飛来する砲撃から片腕と頭だけを守り、精神を集中した。

 内在する修羅が闘争においてけたたましくわななき、思考が敵の撃滅のみに向けられる。

 飛び来るスライム弾の一つが着弾する瞬間、魔力を通し強引に固めると、鋼鉄球と化したそれを腹の真ん中で受け止めた。

 危うく腰から上が千切れそうになりながら、紙一重のところで後ろに飛んで衝撃を逃がす。

 地面を大きく転がりながら損傷を復元し、起き上がると同時に固めたスライム弾を魚人の群れへと投げ返した。

 東洋坊主の最大膂力が込められた弾は空気を引き裂きながら来た道をとって返し、後に続くスライム弾を蹴散らしながら魚人の一体に吸い込まれる。

 瞬間、込められたエネルギーが破壊力に変換され、魚人は他の仲間と一緒に爆発四散した。

 生き残った魚人も視界をやられたのか、攻撃の手が止まった。

 ふん!

 東洋坊主が気合いを発すると、空間に放たれた魔力が身に纏わり付くスライムを蒸発させる。

 魚人達が怪我を治し、ようやく砲撃の準備を再開させた時には、既に東洋坊主は拳足が届く位置まで接近していた。

 それも悪くないが、この距離なら拳の方が早い。

 そんなことを考えながら、東洋坊主は魚人の群れを蹂躙した。

 しかし、感触がおかしい。

 身は生だが、まるで魂が宿っていない人形を打ったようだ。

 その疑問も通路の壁や床に擬態したスライムが雪崩れかかってきて疑問はすぐに氷解する。

 なるほど、先ほどの魚人達はこの巨大なスライムの傀儡であり、筒先か呼び餌に過ぎなかったのだ。

 遠くの獲物には砲撃で攻撃を仕掛け、これを打ち破る者が近づいて来れば大質量のスライムが自ら押しつぶす。単純だが恐ろしい攻撃である。

 逃げ場なく落ちてきたスライムに巻き込まれ、東洋坊主は全身の骨を砕かれた。

 鼻や口から進入し、内部を焼き殺した後に復元し、先ほどの魚人のように砲弾を吐く装置にする腹づもりだろう。

 打撃を打とうにも急所を持たないスライムには効果が薄く、これだけの量になれば焼き尽くすのに必要な力も膨大である。

 水に流されるのも技法、と幼い頃の師匠が言ったのを思い出しながら東洋坊主は藻掻いた。身を任せれば末はスライムの傀儡だ。

 横では先ほど殴り倒した魚人の体が溶けていた。

 体中を守り、復元し続けるが、存在するだけで搦め取った獲物を消化し続けるスライムとの根比べなら分が悪い。

 あまり好きな技術でもないが、えり好みもしていられないと、東洋坊主は両手のひらを合わせた。

 全身を巡る力を手のひらから発射する技は迷宮に来てすぐに覚えたものだったが、気息を整える間に隙が出来る割に射程は数歩と短く、普通に殴った方が早い為ほとんど使っていない。

 東洋坊主は落ち着いて気を練ると、両手から同時に力を発生させた。

 両手の間で二つの力が衝突し、閃光と共に膨張した。

 発生したエネルギーは周囲の物体を吹き散らし、東洋坊主自身も遙か彼方に飛ばされる。

 床にゴロゴロと転がり、勢いよく壁に打ち付けられて東洋坊主は止まった。残っているのは特に守りを重ねた頭部と心臓くらいで、他の部分は大半が蒸発してしまっていた。

 空間から湧き出る様に手足を復元すると、東洋坊主は立ち上がり喉を埋めていたスライムを吐き出す。

 

「不味い」


 それだけ言うと、ウネウネとのたうち回るスライムを踏みつぶした。

 東洋坊主は大きな口を開け、周囲の魔力を吸い込むと体内で圧縮し、声に乗せて弾き出す。


『発ッ!』


 大した威力ではないが、死にかけたスライムの断片に止めを差すには十分で、飛び散ったスライム達はそれで死滅した。

 なかなかの強敵だった。

 東洋坊主は自らに流れ込む魂を味わいながら戦闘を振り返る。

 しかし、スライムというのは殴って楽しいものではなく、今回の戦闘で得た物はスライムの味に関する知見に留まった。

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