第228話 小鬼ら

 地下十四階から十五階に降りる階段の手前で、魔物に遭遇した。

 空間を割り広げる様な特徴的な音は悪魔顕現の前兆であり、強敵の出現に僕たちは身構える。

 空間から進み出たのは、人間の腰くらいの身長で、不似合いに太い手足を持った一角の魔物だった。


 小鬼。


 デーモンなどの悪魔族とはまた別の地獄に住むという魔物で、毒などは持たず魔法も用いないものの、それでも高い戦闘力を持つ厄介な存在である。

 最初の一匹に続いて空間を抜け出てくる小鬼は全部で四匹になった。

 小鬼達は手に手に金棒を持ち、雄叫びをあげる。

 

「仲間を呼ぶから早めに倒して!」


 僕は仲間達に声を掛けながら魔法を練る。

 僕自身は小鬼と対峙するのは初めての事ではない。

 一号と散歩する時に出てきたこともあるし、ブラントが手配した上級冒険者に護られて一号に会いに行くときだって出現していく手を阻んだこともある。

 

『眠れ!』


 僕に先駆けて魔法が完成したビーゴが叫んだが、鬼達はことごとく無効化して前進し、前衛と切り結んだ。

 

『立ち去れ!』


 僕の発動した魔法は、空中に黒い球体を発生させ、小鬼の一体を飲み込んだ。

 これは召喚された魔物を元の世界に返す魔法で、悪魔族などにも有効であると最近、気づいたのだ。

 しかし、そうこうしているうちに前衛組と小鬼達の力関係が明確になり出していた。

 シグは二、三の撃ち合いの後にこれを切り捨てることに成功し、ギーは小鬼と正面から打ち合いながら互いに決定打を出しかねている。

 問題はベリコガで、地下十階あたりから力不足が明らかになりだしたこの男は、小盾の防御ごと金棒によって殴り飛ばされてしまった。

 そのまま壁に叩きつけられて昏倒したベリコガに続いて、獲物を求める小鬼はギーに躍り掛かった。

 ギーは咄嗟に横からの攻撃を避けたものの、反撃に移れないまま次々と振り下ろされる金棒を必死に受け流した。

 

「おおおおおおおおお!」


 シグがギーのフォローに入ろうとした瞬間、ギーと打ち合っていた小鬼は鼓膜をつんざくような雄叫びをあげた。

 あまりの音圧に耳が痛くなり、体がこわばるが、これは攻撃ではない。

 小鬼達の、地獄へ向けた呼びかけである。

 空間を越え、異世界へ届くのだという声は、仲間を引き寄せる。

 その胸はシグの長剣によって貫かれ、絶命したものの叫びに応じて現れる者達を押しとどめるには至らなかった。

 ギーと向かい合う小鬼の背後に無数の魔力が発生し、わらわらと小鬼が現れたのだ。

 今まで、出会ってすぐ殲滅してきたので小鬼に増援を呼ばれたのは初めてだ。

 まずい。

 こちらは前衛を一人欠いてしまっている。

 次の行動について頭を巡らせながら魔力を練っていると、隣で膨大な魔力の放出を感じた。


『極熱波弾!』


 ビーゴが唱える最大級の攻撃魔法が小鬼達を猛烈な炎に包む。

 鬼はデーモン系と違い、魔力操作よりも純粋な膂力に特化している為、魔法の無効化率は高くない。

 目を開けるのも躊躇われるほどの熱気に耐え、どれほどの被害を与えただろうかと見れば、炎が消えた後にも五匹の小鬼が残っていた。

 魔物の数は増え、ベリコガは倒れ、ギーも傷ついている。状況は戦闘開始時よりも分が悪い。

 もたもたしてはいられない。


『雷光矢!』


 ある意味では僕の使える中でもっとも攻撃力の高い魔法が発動し、密集した小鬼のうち二匹を貫いた。

 すかさず、コルネリが飛び出し攻撃を仕掛けるものの、体が固く浅い傷を負わせるにとどまった。

 しかし、注意を引きつけるには十分な働きで、傷を負った小鬼の頭がモモックの飛礫により吹き飛ぶと、勢いに乗ったシグとギーの攻撃により、残りの小鬼達も倒されどうにか戦闘は終結した。


 ※


「よい、オッサン起きんね!」


 モモックがベリコガの体をゲシゲシと蹴りつける。

 しかし、ベリコガはうめくだけで目を覚ます気配はなかった。


「鼻に小便でんかけちゃろうかね。そんなら起きるやろ」

 

「ヨセ、まだ死なれると困ル」


 モモックを制止したギーが回復魔法を唱えると、ベリコガは目を開いた。


「あれ、魔物は……」


 ぼんやりと周囲を見回すその動きは、まだ正気を取り戻していないようで、視線も定まっていなかった。

 

「アンタん寝とう間に終わったばい。あんま、情けのう倒れんでくれんね」


 モモックが冷たく言い、ベリコガは申し訳なさそうにうつむく。

 確かに、前衛の一番の仕事は倒れずに後衛を護る事であるので、先ほどの戦闘で彼はその役目を果たせていない。

 しかし、僕は彼を責めきれなかった。

 そもそも今回の迷宮行は僕の個人的動機に端を発している。地下十五階という深い層になんの見返りも求めず付いてきてくれたのが今回の仲間達だ。

 ベリコガだって、そもそも期待していたよりもずっと頑張ってくれていて、これ以上を期待するのは酷にも思える。


「そこの階段を下りれば目的地まですぐですから、もう少しだけ頑張ってください」


 僕が声をかけると、ベリコガは放心気味の顔のまま頷いた。


「もう少しやれるつもりだったんだけどな……」


 誰にともない呟きは迷宮の暗がりに消えていった。

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