第230話 面会

 階段を降りてから一号のねぐらにたどり着くまで、魔力探知を頼りに随分と迂回したものの、幸いにも避けられない魔物との遭遇はなかった。

 一号の部屋の前にはいつも通りに石の肌をした鬼人が立ちふさがっている。この鬼人はもっと深い層で一号が捕獲してきた魔物らしく、先ほどの小鬼とは内包する魔力量がまるで違う。

 この辺りの魔物では比肩しうるものは皆無だろう。

 

「あの、一号はいる?」


 彼に話しかけると、一歩横にどいて通してくれた。

 

「あ、おいなんだよ!」


 後ろを見れば鬼人はシグ達を制止していた。

 

「シグ、ちょっと待っててよ。すぐ戻ってくるから」


 この周辺にはこの魔物が蹴散らすからか、一号が食い尽くすからか魔物が出ない。

 僕はその旨を仲間たちに説明すると扉を開ける。

 中には、不服そうな顔をして壁にもたれ掛かる一号と、澄ました顔で椅子に座るウル師匠がいた。

 

 ※


 一号は僕を見るとぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。


「ちょっと、あの中年女をどうにかしてよ。いきなり訪ねてきて君を待つって居座ってるんだから」


「勝手に待たせて貰うから、あなたはどこにでも行けばいいって言ったじゃないの」


 背後からウル師匠に言われ、一号は形のいい眉をつり上げた。


「本当、この私をなんだと思っているのかしら。アンタもあの馬鹿も」


 あの馬鹿とは誰のことだろうと思いつつ、僕は慌てて一号を制止した。

 

「まあ、まあ落ち着いてよ一号。邪魔なら僕もウル師匠もすぐ出て行くから」

 

 廊下で話せばいいと思いつつ、そう言うと一号が頬を膨らませて僕の手をぎゅっと握る。

 

「君はいてよ。私はあの女だけ追い出したいの!」


「都合のいいこと。彼は私に会いに来たのに」


 ウル師匠の言葉に一号は目を見開く。

 感情のあまり体の外まで溢れた魔力が赤色に光ってはじける。

 しかし、直情径行の一号には珍しく、突っかかっては行かない。

 

「ウル師匠も、喧嘩腰はやめてください。仲良く行きましょう、僕たちは敵同士じゃないはずです」


 僕の仲裁も虚しく彼女たちはにらみ合う。緊迫感に息苦しくなり、僕は胸を押さえた。

 しかし、ウル師匠が突然笑いだし、空間は一気に弛緩した。

 

「そうね。今後のことは分からないけど今は違うわね」


 しかし、一号の怒りは収まらないらしく僕を振り払うとウル師匠に手を伸ばす。

 瞬間、甲高い音と凄まじい雷光が鳴り響き一号の腕が蒸発した。

 歯を食いしばり、足を踏ん張るものの、やがて耐えきれずに弾き飛ばされた。

 ドカン、と音を立てて壁に激突した一号は体を復元しながら立ち上がると忌々しそうに舌打ちを響かせる。

 

「何度やっても無理よ。私の特殊結界だもの」


 楽しそうに笑うウル師匠の周囲をよく見ると魔力の壁が覆っていた。

 迷宮の深い層に潜れば、魔物は当然の様に身を纏う魔力障壁である。

 それ自身が鎧であり、場合によっては触れた者を打ちのめす罠の役割も果たす。

 まさしく、そんな障壁が一号を弾き飛ばしたのだ。


「おかしいわよ。なんでその結界は解けないの?」


 納得いかなそうに一号がわめく。

 確かに、魔力操作の申し子である一号なら、たとえ相手がウル師匠でも魔力障壁の解除か、いっそのこと大魔力を注入して相殺するくらいは容易いはずだ。でも、事実としてウル師匠は微笑み一号は臍を噛んでいる。

  

「手品の種を空かすほど、私が迂闊に見える?」


 上品に振る舞い、ウル師匠は僕に手招きする。

 逆らいがたく、僕がそちらに歩いていくと、ウル師匠に抱きしめられた。

 場違いに太陽のような香りが鼻孔をくすぐる。


「来てくれてありがとう。あなたは師匠思いの優しい弟子ね」


 頭を優しくなでられ、慈愛とはこう言うものだろうかと思う。

 実の母にさえ、このように接された事のない僕には、判断がつきかねてされるがままになった。

 

「ナフロイから聞いたと思うけど、私はもう地上に帰還しません。だから、あなたと会うのもこれが最後になるでしょう」


 その一言は浮き足だった僕の心を地面に叩きつける。

 

「あの……師匠、どうか行かないでください」


 ろくな文句も浮かばず、僕はウル師匠の細い背中を抱きしめた。

  

「私はもう、何年も迷宮を行き来してきたの。いろんな手段を用いてごまかしたり、先延ばしにしてきたけどもうどうしようもないわ」


 ウル師匠は力なく首を振り、僕をそっと引き離した。

 

「だからあなたに師匠として教えるのはこれが最後。次に会うことがあれば一匹の魔物として遠慮なく狩ってね」


 それは冗談っぽくもありながら、悲哀を滲ませていた。

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