第196話 再会の晩餐
「兄さん、お帰りなさい。あら、モモックも一緒なのね」
真っ暗な物置小屋では小さな明かりを灯してメリアが夕食の準備をしていた。
机の上にはお屋敷の台所から貰ってきたと思しきパンや総菜が乗っているのだけど、食器の数から見て三人分しかない。
「なあん、メリアしゃん。アンタの兄貴が生きて戻ったのはオイのお陰ばい。もっと歓迎してくれてんよかっちゃ?」
モモックは不服そうに言って当然の様に食卓に着く。
「ドケ、そこはお前の席ではナイ」
モモックをつまみ上げようとするギーを止めて僕は首を振った。
そもそも、僕はここに食事に来たわけではない。
「いいよ。モモックに食べさせてあげて」
僕はそう言って適当な木箱に腰をかけた。
すぐにモモックは机の上の食物をほおばり始めたのだけど、無視してギーに話しかけた。
「変わった事は無かった?」
花街に端を発した騒動の中で、このお屋敷は巻き込まれるのに十分な存在だった筈だ。
しかし、こうしてギーもメリアも無事なのでまずは一安心である。
「兵士や冒険者が何人も来テナ、警備に当たっていタヨ。詰めかけた連中と怒鳴りあってイテ騒がしかっタゾ」
気安く言ってみせるものの、先ほどの対応からすればメリアを守ろうと彼女なりに必死だったのかもしれない。
とにかく、二人が無事なのがわかれば十分である。
「そう。ある程度は落ち着いたと思うんだけどまだ気を着けていてね」
言って立ち上がる。
「兄さん、またどこかへ行くの?」
メリアの視線が非難がましく僕に刺さった。
それも当然で、僕は彼女を守ると彼女の兄に誓った。にもかかわらず実際はギーに任せっきりでフラフラと出歩いてばかりいるのだ。
その目つきにさらされるのは後ろめたいのだけど、それでも僕は出かけざるを得ない。
「ごめんね。用事があるんだ。ギーもモモックも、メリアの事を頼むよ」
ギーはチラリとこちらを見て、フイと横を向いた。表情はよみとれないけど、どうも怒っているらしい。
対照的にモモックは口いっぱいの食べ物を飲み下して胸を叩いてみせる。
「任しちょけ。家んもんば守るとも男の務めたい」
どうやら彼の中ではいつの間にかここの戸主に収まったらしい。
僕は曖昧に笑ってうなずく。
「そいとアイヤン、約束はキチンと守って貰わんば困るけね」
黒目がちな瞳を攻撃的に細めてモモックは念を押した。
食欲を満たし、次の欲求が彼の中には渦巻いているのだろう。
「ねえモモック、約束ってなあに?」
「子供はかからんでよか。男と男の約束たい」
「調子に乗ルナ!」
三人のやりとりを背に、僕は物置小屋から抜け出た。
そのまま門番に挨拶をし、再び街路に出る。
行くべき場所はいくつもあった。
高級宿や酒場にブラント隊のメンバーを迎えに行かないと行けないのだけど、それは明日でもいいだろう。
ブラント邸に向かい、今後の事、あるいは都市の現状を確認するのも必要かもしれない。
でもとにかくルガムの家だ。明日以降はブラントの要求次第でどうなるかわからないのだから、今夜は彼女と過ごしたかった。
ルガムの家までの道のりを歩いていると、行く手から騒ぎが聞こえてきた。
面倒ごとは遠慮したいので、曲がり角からそっと覗くと、十人ほどが乱闘に興じていた。
いや、殺し合いと言ったほうがしっくりくるだろうか。
手に手に棒や石、刃物を持って男たちが入り乱れている。
そのうち一人に見覚えがある気がして、よく見るとゴロツキのマルカだった。
エランジェスが逃亡し、残された彼らがどうなるかは日頃の行いがものを言う。
恨みの発露か、落人狩りか、いずれにせよキュード・ファミリーの残党に待っているのは凄惨な道のようだ。
冷静に観察すれば、襲撃者側が八名、マルカ側が三名の乱闘は数の理論であっさり趨勢が決した。
マルカはナイフで一人を刺しながらも後ろから殴られ、血を流している。
足下には既に連れの死体が転がり、後はマルカがなぶり殺されるばかりだった。
助ける義理もないどころか、経緯からすれば僕も連中に混ざって石の一つも投げつけてやりたい所だけど、巻き込まれたくはないので別の道を行こう。
引き返そうとしていると、乱闘の方で声が大きくなる。
マルカが隙を突き包囲を破って逃げ出したのだ。
追う連中は口々に「待て」とか「殺せ」と叫んでいる。
こちらに逃げてきたマルカは、僕の姿を認めると、その顔に激しい憎悪の表情を浮かべた。
自分の不遇を僕のせいだと思っているのだろう。まったくもって、逆恨みなのだけど、最早理屈など通じない。
血塗れのマルカはナイフを振りかざし、僕の方へ真っ直ぐに突進してきた。
迎え打つために僕も魔法を練る。
僕の手の平から『落眠』の魔法が飛ぼうとした瞬間、マルカの額が消失した。
頭の一部をなくした体は勢いよく前のめりに倒れる。
追ってきた連中もポカンとして僕を見つめた。
大きなコウモリが僕の肩に留まり、派手な咀嚼音を出しながら噛み取った頭蓋骨の一部を飲み下す。
連中の視線はコウモリに釘付けになり、コウモリが不快そうに威嚇すると、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
僕が肩に留まったコウモリ、つまりコルネリの腹を撫でるとコルネリは気持ちよさそうに目を細め、顔を僕の頬にすり寄せてくる。
もしかしたら彼も僕を捜してくれていたのかもしれない。
そうだとすれば、やはり魚油が僕の発見を妨げていたのだろうか。
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