第164話 役割
ブラントの紹介以降、パーティメンバーたちの僕への態度が明らかに変わった。
ここでひるんでも仕方がないので、僕は咳払いをしてもっともらしいことを言いながら、後から着いていく以外ないのだ。
「敵だ!」
前衛の男戦士が叫ぶ。
前方には四体の亜人系魔物が立ちふさがっていた。
『眠れ!』
僕の魔法で魔物は四匹とも動きを止める。
すぐに前衛の攻撃により、戦闘は終結した。
ちなみに、僕以外の魔法使い二人は既に一度ずつ『火炎球』を唱えているため、今回の冒険の間は役に立たない。
これは自慢でもなんでもなく事実なのだけど、僕と新人魔法使いの彼らとの間では魔法を発動できる回数に五十倍以上の開きがあるのだ。
もっとも、僕とウル師匠の間に開く途方もない差と違い、彼らとの差はすぐに埋まるものでしかないという事実も、これを自慢できない原因である。
あっさりと終わった戦闘であっても前衛の二人が肩で息をしているので、休憩に入った。
今回の冒険は金銭が直接の目的ではないので戦後処理もほとんどなく、周囲を油断なく警戒しているブラント以外は誰もが手持ちぶさたになる。
そうなれば雑談に花を咲かせたくなるのか、疲労もやることもない魔法使いの二人は僕に話しかけてくる。
「指導員、そのコウモリはなんて名前なんですか?」
少女に問われて僕は答えに窮した。
「名前、って別にないんだけど」
僕は胸にしがみ着いたままウトウトしているコウモリを掴んで引きはがした。
コウモリは迷惑そうに目をしばたたかせると、抗議の意志を込めてか僕の手を甘噛みする。
コウモリを差しだし、持ってみるか尋ねたのだけど彼らは苦笑いを浮かべて固持した。
毛並みがいいし暖かいので、触るだけで随分と慰められるのだけど、彼らにとっては恐怖が勝るらしい。
「名前を付けてやったらどうだね?」
話を聞いていたブラントが口を開いた。
「名無しよりは愛着も沸くだろうさ」
「はぁ、名前ですか」
言われてコウモリを見つめる。
特段の感情を持って拾った訳ではないのだけど、ここまで懐かれると愛着も沸く。
しかし、命名などやったことがない。
まあ、適当でいいのだ。
「じゃあ、コルネリにします」
僕が生まれる前には没していたらしい祖父の名前だ。
そうしてコウモリを撫でると、なるほど一層愛らしく思えてくるから不思議なものである。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、コルネリは小さくキイと鳴いた。
※
「あの、ブラントさん。まだ戻らないんですか?」
僕は一行の最後尾から先頭を歩くブラントに声を掛けた。
すでに迷宮入りしてから五時間以上は経過しているのじゃないだろうか。
ブラント以外のメンバーは一様に疲労の色が濃かった。
僕が初めて迷宮入りしたときは一度戦闘が終わっただけで逃げ帰ったのだけど、既に二十回以上の戦闘を繰り返している。
「ん、疲れたのかね?」
ブラントが振り返って僕を見据えた。
他のメンバーたちはその視線に射竦められない様に必死に目を反らしている。
正直に言えば、僕はそこまで疲れているわけではない。
長い距離を歩いているので、つらいといえばそうなのだけど、それでも戦闘の度に休憩を取るし、順応が進んでおらず暗視が得意ではない新人に会わせているので移動速度もゆっくりである。
でも、新人冒険者である他の連中の疲労は見ていて可哀想になってしまう程だ。
彼らはやたらと緊張して体中に力を入れているし、過大な恐怖感にも取り付かれていそうだった。
「はい、疲れました。もうダメですね」
とにかく、今日は帰った方がいい。
それが僕の意見だ。
ブラントは顎に手をやると黙って考え込み、やがて口を開いた。
「じゃあ、帰ろうじゃないか」
その一言を聞いて、一同はあからさまにほっとしていた。
「そうやって気を抜くのは減点だよ」
ブラントはピシャリと言って、生徒たちは気まずそうな表情を浮かべた。
どこまで行ってもこのパーティは絶対者の教師とそれに従う教え子なのだ。
新人同士で組めば話し合いながら進み、誰かが疲れたら戻るのだろうけどブラント相手になかなか意見は言いづらい。
だからそういった発言も助手として求められているのだろうか。
助手? 誰が? 僕が?
冷静に考えれば僕も他の面子と同じ彼の被指導者に過ぎない。
なんともモヤモヤしながら帰路に就くパーティの後ろを歩く。
よく寝て目が覚めたのか、コルネリは僕の体を登ったり降りたりして遊んでいた。
「敵だ!」
見ると暗がりに巨大な蛾が舞っていた。
数は六匹。
毒の鱗粉をまき散らす厄介者なので、残った魔法で派手に片づけてしまおうと思った瞬間、肩に衝撃が走った。
パチン、という音がして蛾の一匹が爆ぜていた。
一瞬遅れて、僕の肩に棍棒で殴られたような痛みが走る。
先ほどまでそこで遊んでいたコルネリがいない。
あっけにとられる教え子を怒鳴りつけながらブラントは細剣を振い魔物を撃滅した。
戦闘が終わってすぐにコルネリは戻ってきて、食いちぎった蛾の頭部を咥えたまま僕の肩に着地した。
その瞬間、肩の鈍痛が鮮やかな痛みに代わり僕はうめいた。
すぐに駆け寄ったブラントが僕の肩を看てくれた。
「こいつは、骨が一部砕けているよ」
興味深そうに笑うブラントを見ながら、僕はコルネリを拾ったことを後悔し始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます