第140話 破落戸

 朝食を終えて、ギーが庭に出て槍の稽古をするというので僕はしばらくそれを眺めていた。

 流れるような動きで槍を突き出す。石突で打つ。竿ですくい上げる。

 その動きは美しさすらあった。

 しばらく見ていたい演舞だったのだけど、観劇はミガノさんによって中断された。


「お客が来ているよ。ガラが悪いけど冒険者じゃなさそうだ」


 言われて僕は門に向かう。

 門の前では番兵に押しとどめられた来客の一党がいた。

 見るからに危ない雰囲気をまとった若者が三人。

 ゴロツキの類に見える。

 真ん中に立つ男は僕をじっとにらみつけていた。

 こういう人種に恨みを買った覚えはないのだけど。


「おい、テメエがネルハの飼い主か?」


 男が低い声で言った。

 これはドスを聞かせて、というより怪我の影響だろう。

 彼の顔には無数のコブが盛り上がっていた。

 片目は瞼の腫れでほとんど開いていないし、唇もざっくりと切れている。

 その上、鼻も潰れているのだから上等な声が出せないのも無理はない。

 

「はい。そうですけど……」


 ネルハの名前が出たということは僕を目がけてやってきている。

 嘘をつこうかとも思ったのだけどやめておいた。

 

「ちょっとこっち来いよ」

 

 男が手招きをした。

 僕が立っているのはお屋敷の庭。

 男たちが立っているのは往来で、間には番兵が立っている。

 

「嫌です」


 僕はできるだけはっきりとした声で答えた。

 こういう連中に弱気を見せるのは危ない。

 

「兄貴が来いって言ってんだろうが!」


 脇に控えるうちの大柄な方が怒鳴った。

 そのままお屋敷の敷地に入ろうとするのを番兵たちが慌てて押しとどめる。

 

「こら、入るな! ここはラタトル氏のお屋敷だぞ!」


「うるせえ、そのガキを早くこっちによこせ!」


 今度は小柄な方の男が怒鳴る。

 つまり彼らは僕を捕らえてどうにかしたい。しかし、番兵を振り切り実業家であるご主人の敷地に立ち入るほどの決意はないらしい。

 というわけで僕はそのまま後ろに下がる。

 

「あ、ちょっと待てよ。逃げるのか?」


 大柄な男が怒鳴った。

 相手から十分に距離をとって、僕も彼らと向き合う。

 小柄と大柄の二人は苛立たしげに僕をにらみつけているのだけど、リーダーらしい怪我男は顔がゆがみすぎてどんな感情をたたえているのかよくわからなかった。


「ここでも声は届きます。まずは用件を聞かせてください」


 間に挟まれた番兵達は迷惑そうに僕たちの事を見ているのだけど、他で話すと対話の言語に暴力が混ざったりしそうなので場所を移す気はない。


「あ? うっせえんだよ、いいからこっち来い!」


 小柄な方がわめく。

 なぜ近づかないと用件を言わないのか。

 それはつまり相手を心理的に圧迫してから話を有利に持って行くためだろう。

 

「残念ですが、僕はそちらに行けません。あなた達が恐ろしいので」


 僕はそう宣言する。

 両脇の二人はギャーギャーとわめいていたが、やがて怪我男が二人を制して黙らせた。


「じゃあ、そこからでいい。単刀直入にいうがネルハを返してくれ買値と同じ額を払おう」


 買値といわれても僕が購入したのではないからよくわかない。

 

「ご期待に添えず申し訳ありませんがそれはできません。ネルハは冒険者組合から、それも敬愛する理事のニエレク様から賜った奴隷ですから、僕が無責任にそれを放棄することはニエレク様の顔に泥を塗る事になります」


 とりあえずのいいわけを並べる。

 渡したくはないのだけど、それは僕の意志ではなくていかんともしがたい状況のせいにするのだ。

 特に、都市の顔役の名前を出してあきらめてくれれば儲けものだ。


「ゴチャゴチャうるさいんだよ、この野郎!」


「いいから早く女を連れて来いよバカ野郎!」


 二人の手下が次々に恫喝の言葉を投げてきた。

 近距離だとそれなりに効果があるのだろうけど、残念ながら距離が離れてしまっているのでやや滑稽だ。

 

「つまり、おとなしく渡す気はないんだな?」


 怪我男が低い声で言った。

 今度はわかる。威圧的にドスを利かせている。

 

「なにぶん、僕は不自由な奴隷の身です。自分の財産を勝手に処分する事もはばかられますし、冒険者組合の組合員である以上、組織の偉い人に睨まれる訳にも行かないのです。どうぞご理解ください」


 僕はそう言って申し訳なさそうな顔をした。

 

「ただ、ニエレク様がいいとおっしゃれば話は別ですので、もしどうしてもと言うのならニエレク様に掛け合ってください」


 こんな連中に話が通じるとも思わないのだけど、渡すとは言わない。

 あくまでニエレクの許可があって初めて話し合いのテーブルに座ると告げる。

 なんとなく、彼らの顔を見ただけでネルハを渡さないことは決めていた。

 とりあえずは時間を稼ごう。

 その間に打てる手を探すのだ。

 

「よし、わかった。お前の立場を尊重しよう。まずはそのニエレクってのに掛け合ってみる」


 怪我男は渋々と僕の話を受け入れた。


「また来る。俺はエランジェス・ファミリーのマルカという。覚えておけ」


 そう言うと三人はきびすを返して帰って行った。

 厄介ごとが靴音を響かせて近づいてきていた。


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