第133話 立ち話
僕とステアは教会までの道のりを互いに沈黙したまま歩いた。
経験が足りない僕はこういうときにどんな表情をすればいいのかわからなかったのだ。
ただ、嬉しさと照れ、それに罪悪感が入り交じった心情だけが心の内を塗りつぶしていた。
一方のステアも、顔を赤くしてうつむいていた。それでも口元はほころんでいたのでこちらも後悔はしていないようだった。
やがて教会が見えてきて、ステアは僕から離れた。
ローム先生になにか言われているのかもしれない。
「今度、お食事にいきましょう」
ポツリとステアが口を開く。
食事ならしょっちゅう一緒に食べているのだけど、そういうことではないのだろう。
「二人っきりです。当然、ルガムさんには内緒ですよ」
いたずらっぽく言うと、ステアは僕の返答も待たずに教会に向かって駆けていった。
取り残された僕は自分の顔をさわってみると驚くほど熱かった。
何となくそのままの顔ではお屋敷に戻りづらい。
僕は頭を冷やすためにご主人の店に足を向ける。
とぼとぼと歩き、店舗の前に着いた頃にはとっぷりと日が暮れていた。
見上げると二階の会長室に明かりが灯っていた。
南方貿易が始まり、ご主人も忙しいらしい。
ここ最近ではお屋敷に戻らない日も増えていると聞いた。
せっかくなので僕もネルハの事を相談に、と店に入る。
小売りの営業は夕方で終わるはずなのだけど、店内にはおそらくご主人の部下らしい人たちが数人おり、忙しそうに働いていた。
「お、先輩じゃん。どうした?」
二階から降りてきたガルダが僕に気づいて声をかけた。
「あれ、ガルダさんこそなにをしているんですか?」
僕も問い返す。
小売りの時間が終わった以上、従業員などの関係者でなければここに用はないはずだ。
まして二階にあるのは会長室であり、そこにいるのは僕のご主人である。
「なに、ここで働いている女の子を口説こうと思ってな。最近は日参しているんだ」
ヘヘッと笑いながらガルダが答えた。
たぶん冗談だ。
この男は必要がなくても嘘をつく。
僕が疑いのまなざしを向けていると、ガルダは観念したように肩をすくめた。
「おまえの主人から頼まれて少し仕事を手伝っているんだ。もともと貿易商船に乗っていたし、砂漠のキャラバンに混ざっていた事もあるからな」
そう言うとガルダは商品棚の売れ残ったパンを二つ取り、一つを僕に押しつけた。
そうして降りてきた階段に腰掛けるとパンをちぎって口に放り込む。
周囲の従業員もとがめないので、すでにこの店でも顔を作っているのだろう。
「ひょっとして、ノラさんを置いて都市を空けたのもご主人の用ですか?」
以前、迷宮の異常調査に同行した際、彼の相棒であるノラにも来て貰ったのだけど、ガルダは都市にいなかった。
「ああ、そうそう。そのときは砂漠に行っていた。東との陸路交易でキャラバンとの交渉だ」
この男は冒険者としても優れている。
きちんとした教育を受けたわけでもないのにシガーフル隊のパラゴよりも有能なのだ。
だけど、それだけにはとどまらない。
愛嬌もあり口も上手い。さらには頭も切れる。多分、冒険者よりも稼げる仕事がいくらでもある。
それでも冒険者組合に籍をおいているのは彼の相棒であるノラの存在ゆえだ。
「ま、ここのオッサンは話しもしやすいし、粘りもある。商人としては十分だ。しばらくオッサンの仕事を手伝って、そのうち商会連合会に口を利いて貰って俺も商売でも始めるつもりさ」
照れくさそうに夢を語るガルダは、いつもより少し幼く見えた。
「それで、先輩は何の用だよ」
しゃべりすぎた事の照れ隠しなのか、ガルダは僕に話をふってきた。
「いえ、ええと……冒険者組合から債権奴隷を貰ったんです。それでご主人に今後の事で相談しようかと」
僕がそう言うと、ガルダはうれしそうに笑った。
「奴隷が奴隷の主か。面白いじゃねえかよ。そりゃこき使って金に換えるしかねえな」
「いや、それが……」
僕はガルダにネルハのことを相談した。
彼女が売春をいやがること、組合理事のニエレクから冒険者にするよう道筋たてられていること、それから彼女の元の所有者がエランジェス・キュードであること。
ガチャンと音がして振り向くと、近くで作業をしていた従業員が青ざめて止まっていた。床には手から落とした陶器が割れて散らばっていた。
やはり都市の住人には禁忌に近い名前らしくシグの反応が過剰ではないことがわかる。
「ああ、おまえ壊したな!」
ガルダが大声で怒鳴る。
店舗中の従業員が一斉にこちらを見る。
当の従業員はさらに青ざめ、呆然と立ち尽くしている。
「ほら、早く片づけろ。オッサンに見つかったら弁償させられるぞ!」
ガルダは素早く立ち上がると、飛び散った陶器のかけらを集め、手近な空の箱に投げ込む。
他の従業員たちも慌てて片づけを手伝った。
「ほら、後を残すなよ。それで代わりの見本品を倉庫から出しとけ。数が合わない分は俺がごまかしとくよ」
あまりにも自然に従業員たちを使いこなす。
そんなガルダを見て、この男はいったいどういう手順を踏んで番頭格まで短期間に出世したものか不思議に思った。
「さて、ここで話しても仕方がないし、上に行こうぜ」
そう言うとガルダは先に立って階段を上がりだした。
僕もその背を追いながら疑問をぶつける。
「さっきの陶器は高価なものなんですか?」
「いや、出来損ないのハナクソみたいな安物だ。だが、もっとずっと西に運べばそのハナクソが金や宝石と同等の価値になる。貿易っていうのはそう言うものさ」
ガルダは振り返りもせずに答えた。
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