第128話 ネルハ

 今後の善後策を考えようと僕たちは酒場に向かうことにした。

 このまま組合の会議室で話をしてもよかったのだけど、あまりにうんざりしすぎて一秒も居たくなかったのだ。

 ぞろぞろと階段を降りる僕たちをカウンターの向こうの一際立派な席に座ったニエレクがじっと見ていた。

 一瞬、火炎球でも見舞ってやりたい欲求に刈られたものの、持ち前の自制心をもって押さえつけた。

 


 酒場の前でネルハが立ち止まった。

 

「あの、私は奴隷ですが店舗に入ってよろしいのですか?」


 おずおずと問うネルハに僕たちは顔を見合わせた。

 そういえばそうだ。特例措置を受ける冒険者となってしばらく経つのですっかり忘れていたものの、奴隷は主人の帯同以外で店舗への立ち入りを禁じられている。

 字面通り解釈すれば僕が彼女の主人なので問題ないのだろうけど、その僕が奴隷なのだ。

 奴隷が店舗への立ち入りを許可されるのは主人である自由市民の利便性を損なわないための規定であるので、それが主人も奴隷である僕たちにも適用されるものだろうか。

 考え込む僕に手が延びてくる。


「いいんだよ、小難しいことは考えないで」


 首根っこを捕まれた僕はシグに引っ張られて店内に引きずり込まれた。

 後ろからネルハの手を掴んだルガムとステアもあとに続く。ギーはメリアが気になるからと途中で帰ってしまったのでそれで全員だ。

 僕たちは冒険者パーティ向けの六人掛けテーブルに座ると、適当に料理を飲み物を頼む。


「それで、これからどうするんだ?」


 すぐに運ばれてきたジョッキに口をつけながらシグが聞いた。

 どうすればいいのか僕にだってさっぱりわからないのだけど、これはあくまで僕の問題であってパーティの問題ではない。

 

「どうって……とりあえずネルハの寝床を探さないと」


 奴隷の管理責任は所有者に帰属する。

 彼女の生活費に関しては彼女の債権に含まれている筈なので、彼女の生存に必要な生活環境を用意しなければ僕が所有者として奴隷監理局にしかられてしまう。

 

「アタシの家に来ればいいよ。家も広いからさ」


 ルガムが提案した。

 

「しばらくなら私の教会でも構いませんよ。今は人手不足なので十分なおもてなしはできないどころか色々と手伝って貰うかもしれませんけど」


 ステアも手をあげてくれた。

 ステアが親切心から提案してくれていることはわかるのだけど、僕は何となく後ろめたくて彼女をまっすぐ見れなかった。

 彼女の心棒する教団の衰退にわずかながら僕が関わっていることを彼女は知っているはずなのだけど、まだそれについて正面から言われたことはない。


「悩むことはないじゃないですか。あなたの子供もいるのですから」


 ネルハがギョッとした表情で僕とステアを見る。

 確かに僕が引き取った子供たちの面倒を彼女が住む『荒野の家教会』で見て貰ってはいるが、その言い方だと僕がステアに子供を生ませたようにも聞こえる。

 それでいて、先ほどルガムが僕のことを旦那だと言ったときに僕も否定しなかった。

 これだとまるで僕が複数の女の子の間をフラフラして生きるロクデナシみたいじゃないか。

 

「おい、変な言い方をするんじゃないよ。そんなこと言ったらアタシのところにだって子供はいるよ!」


 ネルハはさらに表情を曇らせて服の襟を押さえた。

 彼女の僕への評価が地に落ちる前にその言い争いはやめてほしい。


「ええと、じゃあルガムに頼むよ」


 僕の言葉にルガムは勝ち誇って笑い、ステアは不服そうに頬を膨らませる。

 いくら僕だってこの状況でステアにモノを頼むのには二の足を踏んでしまう。

 僕はポケットから硬貨を取り出してルガムに差し出した。

 小銭が合わせて金貨一枚分ほどあった。

 

「これ、とりあえずの宿泊費と食費。他にも費用がかかったらあとで請求してよ」


「おう」


 頼もしく答えてルガムは小銭を受け取った。

 

「それで、ネルハにはどんな仕事をさせるんだ?」


 運ばれてきた煮物をつまみながらシグが言った。

 自らに関わる重大事項に話題が移り、ネルハは体を固めて机を見つめている。

 彼女の境遇を思えばあまり無理は言いたくないのだけど、それでも働いて金を稼いで貰わないと色々と面倒になる。


「ネルハは娼婦には成りたくないんだよね?」


 僕は改めて彼女に聞いた。

 ネルハはビクッと体を強張らせたあと、小さな声で「申し訳ありません」と呟いた。

 

「いや、いいんだよ。変なことを聞いてごめんね」


 彼女の傷は以前の持ち主が彼女を説得する過程でつけたものだろう。

 それほどの拷問を受けても意思を変えないのだ。

 しかし、そうなると冒険者だろうか。

 ニエレクに誘導された道筋にヘドが込み上げてくる。

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