第49話 喪失


 笑いながら足をバタバタ動かす姿を見ていると、彼女を抱きしめたくてたまらなくなってしまったので、爪を剥いだ指を強く握って意識を保った。


「駄目ね。いろいろ覚悟してここにいるはずなのに、あなたと話していると覚悟が鈍っちゃうわ」


 笑いすぎて流れた涙を指先で拭う。

 しかし、すぐに真顔を作って話を続けた。


「でも、難しいかもね。子供達は古い神様を捨てることは出来るかもしれないけど、今度は親を捨てられるかが問題よ。親の方でも覚悟してここに来ているんでしょうから、子供を手放さないかも」


 なんの覚悟か。当然、心中だ。

 美しい親子愛による心中や気高い信仰心の表れとしての殉教よりは、生命を選び取って欲しい。

 そう思うのは、僕が冷血な薄情者だからだろうか。


「とりあえず、仲間を呼んでくればいろいろ案も出ると思います。呼んできてもいいですか?」


「そんなの、他の人にお願いしましょう」


 テリオフレフはそう言うと、仕切り布をどけて、外の僧侶に指示を出した。

 そのまま、僕の横に来た彼女は、剥がれた爪を治療するために回復魔法を唱えた。


「こんなことしなくていいのよ。あなたを利用してなにかしたいわけじゃないんだから」


 僕は、その困ったような顔から目が離せなかった。



 いろんなことを話した。

 ドラゴンの名前がリフィックであるとか、リフィックが毒ガスを吐くこととか。

 彼女の生まれや、好きな花の話とか。

 少しだけ怖くて悲しいと震える彼女を慰めたりもした。



 彼女との対話は二十分くらいだったと思うのだけど、本当に、ほんの一瞬に感じた。

 あまりに楽しくて、離れがたいなと思ったのだけど、会談の準備が整ったということでしようがなく僕たちはいそいそと出て行った。

 

 物資置き場に木箱が並べられて、簡易的な机が形作られていた。

 片方には既にシグをはじめとする五人が一回り小さな箱を椅子にして席に着いていた。

 もう片方には教団幹部らしき男達が四人、座っていた。

 シグ達はテリオフレフが連れてきたドラゴンを見て身構えていたのだけど、僕が大丈夫だと説明すると、どうにか受け入れてくれた。

 僕は、鼻をひくつかせて首をかしげるギーや、どうしても顔を見られないルガムとステアを避けて、シグとガルダの間に無理矢理入り込んだ。

 テリオフレフはステアの正面に座ったので、僕はがっかりしたようなほっとしたような気持ちになった。

 人払いするまでもなく、リフィックを怖がって皆が遠く離れたので、そのまま会談が始まった。


「はじめに、ここに集う教団の最高位を務める者として宣言致します。私たち『恵みの果実教会』はあなたたちシガーフル隊に対して全面的に降伏します」


 テリオフレフは立ち上がると、手を胸に当てて朗々と敗北宣言を行った。他の四人も合わせて立ち上がり、胸を手に当てている。無用の流血を避ける為に、これ以上は抵抗をしないということをはっきりさせたいのだろう。 

 対して、シグも名誉に掛けてこれを受けることを宣言する。ステアは複雑な表情を浮かべていたけど、なにも言わない。

 続いて、老僧は地下五階への階段封鎖を速やかに解くことを約束した。

 これで、僕たちの任務は成功である。


「それで、あんた達はこれからどうするつもり。結局死ぬんだろ?」


 ガルダがホールを見回して言った。その口調に、もはや先行きが見えてしまった集団に対する同情はない。

 

「そのとおりです。本来の計画であれば、もう少し信徒が集まるのを待ってから皆で旅立とうと思っていましたが、もはや他の仲間達も来ないようですし、物資も不足していますので時期を見て早々に……」


「まあ、ここに至ってしまった以上、他に決着はねえだろうしな。後は好きなだけ祈って、静かに死んでくれよ」


 テリオフレフに投げかけられたガルダの言葉は、あまりと言えばあまりに酷い内容で、単純なルガムを怒らせるのに十分だった。


「あんた、そんな言い方ないでしょう!」


 怒鳴られてガルダは肩をすくめるものの、反省はしていないようで話を続ける。


「ルガムのお姉ちゃん、お前こそちゃんとわかっているのかよ。捕まった邪教徒にはどんな末路が待っているか。ちょうどそこに『荒野の家教会』様のお嬢ちゃんがいるじゃねえか。教えてもらえよ。そこらの船乗りなら皆知ってるぜ、なんせ土産物屋には……」


「やめろ!」


 僕を押し退けて、シグがガルダの胸倉を掴んだ。

 ほんの数秒、二人でにらみ合っていたが、やがてガルダが謝罪し、シグも手を放す。

 二人ともイラだっている。多分、不条理に対してだ。


「私たちは何を言われても大丈夫です」


 テリオフレフは穏やかな声で言った。

 

「それよりも、先ほどそちらの魔法使いさんとお話をさせていただいたのですが、そちらの話を詰めさせていただきたいのですが」



 教団幹部とガルダの演説により、あらためて集団自決が言い渡された。

 大人たちは下唇を噛み、小さな子供たちは何のことかわかっていない。

 ガルダによる、直接的でかみ砕いた説明は再三、繰り返された。

 大人も子供も、恐怖に負けて泣き出す人が続出した。僕たちは余計なことをしているのだろうか。



 最終的に僕たちは子供達の内、十二人を連れていくことにした。

 選定にあたっては、ガルダの演説により「一緒に天国に行こうと誘う親を蹴倒してでも生きたいガキ」が集められ、三人の赤ん坊を除けば「親のことをすべて忘れ、今までのクソみてえな生活よりずっと酷い地獄のような生活を覚悟できるか」と聞かれて、それに頷いた子供ばかりである。

 他の子供たちは親の元に戻って行った。本人の幸福を尊重するのだ、と思わず呟いた自分を殴りたくなる。

 僕と同じくらいの年かさの少年たちも、少し年下の少女たちも、それぞれが震えながら信じる神の元へ旅立つ決意を固くしている。

 

 僕は、生まれて初めて力が欲しいと思った。あらゆる不条理を蹴散らせるくらいの力が今、この瞬間こそ必要なのに。

 

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