第48話 言い訳

「安心して、別にあなたの事を殺そうとか思っていないから」


 彼女は甘い声で言って、クスリとわらう。僕に殺すほどの価値がないと言いたいのかもしれない。悩んだものの、僕は話をしてみることにした。個人的に知りたいこともいくつかあった。


「そうですか。じゃあ、正直に言いますけど、たしかに僕は都市から送り込まれた冒険者です」


 彼女は少し意外そうな顔をした。

 

「へえ、王都の兵団でも『荒野の家』でもないんだ。私たちはあんまり重要視されていないみたいね」


「都市では金持ちたちが大騒ぎですよ。冒険者達が減れば都市の経済が冷え込みますから」


「まあ、討伐の理由もずいぶん現実的ね。正義の為とか言って私たちを殺しに来るかと思っていたわ」


 少し声を荒立てた彼女に呼応するかのようにドラゴンはグル、と喉を鳴らした。


「実際に、都市から派遣されたのは僕だけです。僕が失敗したとなれば次の刺客が送られるでしょう。それも失敗すれば、都市としては諦めるでしょうけど、最終的にはあなたの言う通り冒険者上がりの王国兵が大勢送り込まれると思います」


 そう、多少の前後はあっても、結局邪教徒の一団は皆殺しの憂き目に遭うのだ。

 もっとも、目の前のこの女がそのことを考えていないこともないだろう。


「そうでしょうね。こちらも正直に話すけど少し前から新たな信徒がたどり着かなくなっているの。食料だって物資だって、不足しているのに困ったわ。これもあなたたちの仕業?」


 僕は迷宮の入り口に広がった無数の死体とノラを思い出す。

 彼女がそう言うのなら、まだ突破されていないのだろう。


「多分そうです。直接の仲間ではないんですけど、知り合いの剣士が新たな増援を押しとどめる計画なので」


 彼女は困ったようにため息をつく。

 

「ここにはまだ幼い子供や赤ん坊もいるのに」


「それならなんで子供を巻き込むんですか。いや、それよりもこんな場所に逃げ込むなんて、どうなるかも最初からわかっていたでしょう?」


 僕は理不尽に対して怒りたい気分だった。彼女にバレないようにこっそりと剥いだ指の爪の痛みもそれに拍車を掛けている。

 

「……外にいてもね、同じなのよ。私たちは全員殺されるの。私たちの集会を襲った王国の兵隊達がわざわざ大人と子供を選り分けたと思う? 誰も彼も一様に殺されて捨てられたわ。『恵みの果実教会』で生き残っているのは各地に潜んでいた人達と、襲撃を逃れて散り散りになった人達。そしてここにいる私たち。ただ、古くからの信仰を守っただけで私たちは駆逐されるの」


 表情は変わらずほほえんでいるものの、口調から彼女が悲しみを感じていることがわかる。


「棄教は出来なかったんですか。新しい神を信仰して、穏やかに暮らす道はなかったんですか?」


「それが簡単にできるのなら、人間同士の争いは半分に減っているでしょうね。どうしても出来ない人達が今も残る信徒達なのよ。そして、私は彼らを見捨てられない」


 穏やかだけど、強い意思を感じさせる。

 もはや説得は出来ないのだろう。


「ここに来る途中で、仲間から拷問されたような死体を見ましたけどその人たちは教えを捨ててでも生きたかったんじゃないですか?」


 彼女の顔から笑みが消えた。


「そうよね。彼らをこころよく送り出してあげればよかった。でもできなかったの。人が集まるっていうのは難しいことが多いのよ」


 彼女は悲しそうに俯くのだけど、僕だって別に彼女を責めたい訳ではない。と、いうよりも僕たちだって邪教徒を騙したし、殺した。


「いまからでも抜けたい人がいるんじゃないですか?」


「どうかしらね。いまさらここを出たって、私たちは故郷に帰れないもの。流民になるか野盗にでもなるしかないわね。つまり野垂れ死にが目に見えているの。それならいっそここに居たいと思っている人が多いと思うわ」


 僕も顎に手を当てて考えてしまった。確かに寄る辺なく生きるのは難しい。邪教の信徒というだけで罪と認定されているので、捕まれば縛り首かうまくやっても犯罪奴隷として僕よりもつらい生活を送るのが関の山だろう。


「じゃあ、ここにいる子供達は僕が連れて行ってもいいですか?」


 彼女はこちらに向かってなにかを言おうとしたのだけど、言葉が出ずに今度は彼女が考え込んでしまった。

 自分でも意図せずに出た言葉なのだけど、これはどうだ。信仰を捨てられないのは仕方が無いとして、まだ信仰に染まっていない子供なら新たな信仰に馴染むことも出来るだろう。

 そして、子供なら何かしら理由をつければ免罪も考えられる。


「連れて行った子供達を奴隷として売ったりしないと約束できる?」


 彼女の問いに僕は首をかしげてしまった。


「さあ、それはどうでしょう。なんせ、僕自身が奴隷なもので」


「ちょっと、そこは嘘でも約束しなさいよ」


 彼女は笑った。ずっと微笑んでいる人だけど、本当の笑顔をやっと見たような気がする。


「その辺りの交渉は僕よりも他の仲間の方がいいと思います。ホールを出てすぐのところに隠れているんですけど」


「あら、あなた一人で来たみたいに言っていなかった?」


「あ、嘘です。他に仲間が五人ほど」


「私も、本心を見せないようにしているけど、あなたには負けるわ」


 彼女がテリオフレフだと名乗ったので僕も名乗り返したのだけど、彼女は耐え切れずに吹き出してしまった。

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