第45話 ガーディアンズ
岩陰からのぞくと、地下五階への階段は八人の男たちに守られていた。
暗殺者、戦士、魔法使い、僧侶がそれぞれ二人ずつ。いずれも迷宮順化を進めた達人の風格を漂わせている。
「ありゃダメだ。不意を打ったって勝てない」
ガルダが敵を確認してぼやく。
「ていうかさ、あいつらこっちに気づいてる?」
ルガムの言う通り、敵の何名かはこちらを見つめている。
でも、僕は彼女の吐息が耳に当たるのにドキドキしていた。場違いだけど。
僕とルガムが引っ込んで、シグとステアがのぞく。
「俺たちには気づいているけど、あそこから離れる気はないんだろうな」
シグも渋い表情を浮かべていた。
敵が半分でも歯が立ちそうにないので当然か。
そんな話を聞きながら、ルガムがそっと手を握ってきて、僕は自分の耳が赤くなっていくのを感じた。ここが暗い迷宮でよかった。
そもそも、僕たちは邪教団の本拠地を探していて、先に階段を見つけてしまった。あの階段を開放できれば、僕たちの任務は達成されるのだけど、やはり簡単にはいきそうもない。
「金で雇われていりゃ買収もきくんだろうが、あほ面下げて近づいたらバッサリだろうし、交渉するにもこのままじゃ無理だな。当初の予定通り邪教徒どもの溜まりを探そうぜ」
ガルダが諦めたように言った。
「結局はアイツラを排除しなければならないのだロウ。本拠地に行ってどんな解決になるノダ?」
ギーも敵を確認しながら聞いた。
「簡単さ。やつらが傭兵だとすれば、雇い主が逃げればあいつらも撤収する。信者の側だとしても、組織が瓦解して命令権者がいなくなればあそこを守る意味もないだろ。もっとも、やつらの教義に『地下五階への階段を守ること』なんて条文があればこの限りではないだろうけどな」
「ふむ。そんなもノカ」
ガルダの説明にギーは考え込んでいるのだけど、その表情は納得いったのか、いかないのか解らない。
実際、その作戦だって希望的観測に頼っているので、実施に当たっては臨機応変な対応が必要になってくる。
それでも、ガルダならうまくやるのだろうな、と僕は思ってしまう。シグは怒るかもしれないけど。
*
その後、大きな毒蜘蛛や巨大な甲虫との戦闘を経て、僕たちは敵の本拠地を見つけた。
迷宮の廊下に扉を設置して、その前に門番が二人立っている。
邪教徒に問いただした情報によれば、あの扉の向こうが大きなホールになっていて教団の主要な幹部や子供なんかはそこに集まっているのだという。
「入り口だけは穏やかに通りてえな」
ガルダがつぶやいたのだけど、ここから先はガルダ頼りになる。しっかりしてもらわないといけない。
「なあ、先輩。ちょっと行ってさ、中の様子を見てきてくれよ」
……こいつ、本当にすぐ無茶を言うな。
「ガルダさん、さすがにあの中には入れないですよ」
「大丈夫、大丈夫。今までだって邪教徒で通じただろ。あいつらほら、人数が多すぎてお互いの顔なんて覚えてないんだよ」
確かに、何人かの邪教徒たちは僕を仲間だと信じて疑いもしなかった。
僕たちはそれを利用して殺したり、追い散らしたりしてきたわけだけど、思い出すと嫌な気持ちになってしようがない。
僕は嫌だと主張したのだけど、抵抗むなしく岩陰から押し出されてしまった。
恨みを込めてガルダをにらむが、ここで押し問答をするわけにもいかない。
諦めて見張りの方に歩き出した。
「止まれ!」
見張りの門番は僕を見ると、強い口調で命じた。
僕は言われるとおりに立ち止まって見張りを見返す。
一人は普通の邪教徒の様だけど、もう一人は顔を布で隠した暗殺者だった。
「一人で何をしているんだ?」
邪教徒は僕を問いただし、暗殺者は鋭い視線でその様子をじっと睨んでいた。
ここで疑われたら、僕は殺されるだろう。ガルダが実際に振るって見せた毒刀の威力を思い出す。
あんな風に死ぬのはごめんだ。そもそも死にたくないのだけど、どうしても死が避けられないのならせめてみんなで戦って死にたい。
「上の階で見回りをしていたんですけど、仲間とはぐれちゃって。階段を守っていた人たちに相談したら一度ここに戻れって言われまして……」
今にも泣きそうな顔で、もっともらしい嘘をつく。
「そうか。大変だったな」
よほど、僕の演技がうまいのか、それともガルダが言う通り不健康で邪教徒らしい外見だからか、邪教徒はあっさりと僕の嘘を信じて扉を開けてくれた。
「待て」
ぺこりと頭を下げて通ろうとした僕を暗殺者が止めた。
平静を装うものの、鼓動は跳ね上がり汗が噴き出す。
「どうやってここまで歩いてきた。魔物には会わなかったのか?」
こちらを睨みつけているのだろうけど、怖くて暗殺者の目を見返せない。
「途中で死にかけの熊に会いましたけど、走って逃げました。他に魔物は見ませんでしたよ」
観察されていると思えば、口調を変えずに話すのは難しい。
僕はたぶん、うまく話せなかった。
と、暗殺者は突然僕を捕まえた。
首に腕を回され、逃げられない。僕は死を覚悟した。
「どうせ逃げるなら上に逃げろ。ここには入らない方がいい」
それは人間的な、感情のこもった忠告だった。
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