第22話 狂信少女
「すみません、迷宮から帰ってきたんですけど」
詰め所の事務机には神経質そうな声の甲高いおばさんが座っていた。
この詰め所にはもう何人か、係の人がいて、交代で事務をしているのだけど、僕は内心、このおばさんが苦手だった。
おばさんは汚れた僕を見るといやそうな顔をした。
それでも慣れた手つきで足元のファイルを拾い上げる。
「はい、お疲れ様。シガーフル隊ね。あ、ちょっと、それ以上近づかないでいいわ。そこから話してくれないかしら」
歩み寄ろうとした僕をおばさんは慌てて制止した。
命からがら生還したにもかかわらず、この仕打ち。
僕は柄にもなくイラッとした。火炎球でも見舞ってやりたい気分にさせられたが、残念ながら打ち止めなので我慢する。
「今回は六人で入っていますね。他の人は?」
「一人、死にました。職能は戦士、名前はヘイモスです」
ヘイモスの頭部はリュックに入れたまま、仲間たちの所に置いてきたのだけど、あれはどうすればいいんだろう。
「死体はどうしましたか?」
「頭だけ持って帰ってきました」
「そう。ええと、ヘイモスさんに蘇生費用の預り金は無いわね。いずれにせよ、死体は寺院の方へ持って行ってください。十日間は安置してくれます。その間に、蘇生費用を用意できれば寺院に蘇生を依頼できます。十日が過ぎた分はまとめて埋葬されます。別途、ご遺体を引き取りたい場合は寺院と相談してください」
*
僕が外に出ると、僕のリュックの横にはステアだけが残されていた。
「あれ、他のみんなは?」
「井戸に、道具を洗いに」
なるほど、詰め所に併設された倉庫に鎧や武器を預ける前に、血や汚れを落としておかないと匂いがひどくて仕方ないので、その作業をしに行ったのだろう。
「ねえ……私、冒険者に向いていないんですかね」
ステアが、暗い声を出した。
「そんなこと、ないんじゃない?」
結局、生きて帰ってきたわけだし。それも今回に限らずもう二カ月も迷宮に潜っているのだから本当に適性がなければとうに死んでいるだろう。
「ステアがいなければパラゴは死んでいただろうし。そうなるとその次に僕も死んでいたんだろうし。そういう意味ではステアは僕の命の恩人でもあるよね」
僕は軽く笑った。
横にはヘイモスの生首が入ったリュックがあるのだけど、生者の感情ケアを優先させてもらう。この後、手厚く弔うのである程度の不謹慎は許されるだろう。
「大体さ、ステアの目的は魔法を覚えることでしょ。僕とルガムは借金を返すことだし、パラゴは……何かな。あんまりそんな話をしたことないけど、とにかく立派な冒険者になりたいって言っているのはシグだけなんだから、それ以外はとにかく死ななければいいんだよ」
「でも……今回は私、皆に迷惑かけちゃって、ルガムさんにも怒られるし」
「そりゃ、ルガムは怒ったけど、今回一番、迷惑を掛けたのって実はヘイモスだよ」
僕は自分のリュックをペチペチと叩いた。
これは、冗談でも何でもない。迷宮にあって、前衛を務める者の最大の仕事は立ち続けることなのだ。何があっても倒れてはいけない。それは今回の僕たちがそうであったように、その後の隊列形成に大きな影響を与える。
金を稼げない商人が社会にとって害悪である、という程度にはどんな場面であっても死んでしまう前衛が悪いと言える。
「でも、まあ、死人には怒れないし、だからステアはヘイモスせいで代わりに怒られたようなものなんだよ。もし、ステアが望むなら、僕は向こうに行っててあげるから、リュックを蹴っといてもいいよ」
僕の提案に、ステアは何故か笑いで返した。
「優しいんですね。迷宮の中でもずっと手を繋いでいてくれて、ありがとうございました」
ステアはあらためて深々と頭を下げた。
「手を握ってくれていなかったら、私は絶対に生きて帰れませんでした。それに、私が恐怖にとらわれた時も、何度も私の役割を思い出させてくれました。ルガムさんとの結婚への祝福も、そうでしたね。あなたこそ、私の恩人です」
ステアはにっこりと笑った。随分と正気を取り戻したように見える。
「荒野の家教会の教義では、一度神の祝福を受けた結婚を白紙に戻すことはできません。でも、複数の妻を持つことは認められていますし、私たちの様な宣教師も結婚を認められています。ですから……私も妻にしていただけませんでしょうか?」
前言撤回。ステアはまだ錯乱している様だ。
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