第7話 教授騎士

 迷宮の地下十階に存在する、とある玄室にはイシャールという亡霊がいる。

 浅黒い肌をした中年男性の亡霊なのだが、このイシャールの正確な出自はよくわかっていない。

 ただ、この迷宮に臨む者の多くが『ひとまずイシャール』という標語を掲げるのだから、もっとも有名なモンスターといっていいだろう。


 扉を開けると、玉座に座り、こちらを睥睨している。

 傍らには長大な牙を持つ真祖の吸血鬼。二人を護るようにその配下の吸血鬼が六体。

 吸血鬼の一体だって一般人には歯が立たない驚異であるのに、真祖は更に段違いの強さを持つ。そのうえ、最後尾のイシャールは高威力の攻撃魔法を次から次に連打してくる。

 並の冒険者ならまず勝ち目はなく、ある程度の強さに達したパーティで、最大火力の速攻に成功しなければ返り討ちに遭う。

 しかしそれは、裏を返せば攻略法が確立されているということでもある。


『極熱波弾』


 なにもかもを溶かし尽くす高熱がイシャールと吸血鬼達を包み込み、レジストに失敗した吸血鬼五体を塵に変えた。


 『極熱波弾』


 二度目の大魔法が残った吸血鬼を葬り、真祖の吸血鬼にもダメージを与えた。

 ブラントは味方が発した熱魔法をかいくぐり、真祖の吸血鬼を四度、細剣で突き刺した。

 脳幹、脊椎、心臓、頸動脈を素早く突いて真祖を無力化する。

 ブラントは、事切れて崩れ落ちる真祖の体重を手に感じながら、他のメンバーに怒鳴る。


「死にたくなければ速やかにトドメを刺したまえ!」


 見れば、後に続くはずの戦士達があまりの熱に二の足を踏んでいる。


 素人め!


 ブラントはその特徴的な口ひげをつり上げ、怒鳴りそうになった。



 前衛を務める戦士にしては軽装で、怪物に立ち向かうにしては頼りない細剣を帯び、冒険者にしては上品で清潔、何より貴族然とした口ひげが印象的な細身の男。

ブラントの印象はそのようなところに集約する。



 冒険者組合に所属し、イシャールを倒した者はその技量十分と認定され『達人』の称号を得る。

 達人の称号を受けた者がその後に進むのは、大きく分けて三つの道がある。


 一つが、組合の推薦を受けた城砦の兵士であり、他国の一般兵と比べ、圧倒的な精兵として軍務に就くことになる。

 この冒険者上がりの兵士達は迷宮都市の主要産出品の一つであり、高額の報酬と引き替えにオイサック王国内の各地に派兵される。

 二つ目の道が継続して冒険者を続ける事である。

 ほとんどの冒険者は、達人になると引退し、兵士になるのであるが、引退せずに更なる財宝や神秘などを求めてそれまで通りの冒険を繰り返す者達もいる。

 組合に変わらず所属しつつ、探索を続ける冒険者パーティは迷宮の神秘を解き明かし、都市に莫大な財宝をもたらし、新米の冒険者達からは英雄視される。


 最後に、冒険を続けながらも、組合と特別な契約を結んだブラントのような者がごく少数ながら存在し、その仕事に就く者を“教授騎士”と呼ぶ。

 仕事の内容としては、組合からの委託を受け、新米の冒険者を達人まで育成する事になる。

 ひたすら深層を目指すフリーの冒険者達と違って、一階から十階までの往復を繰り返す事になるため、得られる名声や、経験に差があるが、それでもブラントは迷宮を深く潜ることも縁を切ることもできないでいる。



 ブラントが受け持つ数十組目の生徒達は飛び抜けた才も、欠落もない。

 十分に計算が立つまで成長させたのだから、当初の作戦通りに行動できればイシャールを倒せる。

 瞬間、ブラントの周りを結界が覆った。

 後衛の僧侶が作戦通りに加護の呪文を唱えたのだろう。

 ここに来て、ようやく躊躇っていた戦士達が動き出した。

 扉を開けてからここまで五秒。イシャールが最初の呪文を発動させるのが扉を開けてから十秒なので、ギリギリ間に合う。

 二人の戦士が飛びかかり、どうにか時間内にイシャールを打ち倒すことができた。


 イシャールは雄叫びを上げて消滅し、あとには紫色のメダルを残す。

 迷宮内から持ち出すと一日かけて消滅する魔法のメダルで、これが『達人』認定の要件になる。

 無事に城塞都市まで生きて帰り、ギルドに提出すればメダルの消滅を確認後、認定書が発行され、本人が望めば兵士への推薦状も取得できるようになる。


「さて、メダルを拾ったら早く撤退するのだよ。まだ安心はできないのだからね」


 この玄室を出て、再度扉を開ければイシャールは復活する。

 ブラントは弟子達を促して玄室を出た。


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