狙う者と狙われる者、そして二人の共通した目標


「……てっとり早くなくってもいいんだ。俺の立ち回りの理想は、師匠やカルラさんなんだから」


「馬鹿野郎。上を見すぎるなって何度言やぁわかるんだ? 才能無しの、馬鹿弟子が……」


「見てない……と思うけど……、師匠に今の俺の力を見てもらえたら、話は随分と楽なんだけどなぁ」


「おっしゃ、今やるか」


 言いながらもジェリウスは立ち上がろうとはしない。



「止めとくよ。今の師匠の状態を悪化させたくないからね」


 ぬかせっと言って、ジェリウスは口の端に穏やかな笑みを浮かべる。



「俺様の真似と言うが、大抵の奴には俺様やカルラの戦闘スタイルは、無理目の話だろうな。強くなる前におっちぬのが、関の山よ。当面ジロが目指すのは、ウー……、の真似なんざは、もっと無理だな。……プー公や他のティコ・ティコメンバー程度の真似でいいんだよ」



 まっとうな助言を与えられていると自覚しつつも、ジロは、ただジェリウスやカルラといった最高峰の術士の魔法行使を見てみたかった。


 普通は魔法書を読みふけり、自分にあった方法でその魔法の発動を試み、研鑽を重ねて修得するという手順だったが、精霊の動きが可視化でき、働きかけも容易となった現在の身では、目視するだけで術者の手順ごとその魔法を盗み、その魔法を我が物とできる自身がジロにはあった。


 ジェリウスは多種多様の高位魔法を、息をするように次々と行使できる数少ない人間であり、その連動する動きを見る事さえできれば、もはや人界でジロの脅威となる人間はいなくなるであろうと、ジロは直感的に悟っていた。



(ただ、……絶対に師匠に無理だけはさせたくはないな)


 ジェリウスの容態は悪化の一途を辿っており、一年前のエリカ、リーベルト、ジロの見立てでは、余命はさほど長くないと見ていた。

 今現在も聖剣テレウィングの呪いに蝕まれながらも、それに抗えているだけでも奇跡と言えた。

 聖剣の呪いはジロを救い出す時に発動し、そしてジェリウスは往年の力を失っていった。


 ジェリウス、カルラ、ジロ以外の人々は、こうなったのはジェリウスが、長い間聖剣を使用し続けたからだと断じている。


 だが、封印を解く現場に、唯一人居合わせたジロ、そしてジロから、その時の様子を全て聞いたカルラだけは、ジェリウスの衰弱が、聖剣への緩やかな対価などではなく、封印解除し聖剣の力を引き出したが為の、重い代償であるという事実を知っている。


 マニーの残した呪物の解呪と同じかそれ以上に、ジロはジェリウスの身をむしばむ縛りを解放したかった。


 そして人界でカルラがジェリウスの解呪の方法を、血眼になって探求し続けるのと同じように、魔人サラとの知古を得た今、ジロは魔界において、呪物の解呪と共に、なんとかその糸口を見つけ出そうと決意していた。



 その為にはジロは今以上に強くなる必要があった。


 サラ以外にも秘者はいるらしく、魔界を離れるサラとの別れ際、


『また戻ってこい。その時にアタシのけん……、ゴホン。え~っと、なんだっけ……、あの言葉、確か、え~~~っと、ナカ……マ? なかま! そうだ、アタシの仲間に会わせてやるからな! アタシは、ジロがどれだけ弱いのかわからんけど、せっかく私の眷属けんぞくにしてやったんだから、匂いの奴ジェリウスを連れてくるまで、死ぬなよ! アタシは忘れやすいから、忘れちゃう前に、早く戻ってこいよな!』


 っと言われた。



(サラは仲間と言ったが、もしかしたらサラの保護者のような存在の秘者達と会えるかもしれない。……連中は人智が及ばない知識を持っているという伝説は人界にも沢山ある。……今はそれに頼るしか……)



「……もっと体の調子が良くなったら、一発、すんごい稽古けいこをつけてよ」


「今もそんなに悪かねえが……おう、って言っといてやんよ」


 その言葉を機に、二人は酒でチビチビと口を濡らす。


 二人、または三人の間に、穏やか雰囲気が流れ、ジロは無言ながらも、深い森の夜のしじまを楽しみ、気の置けない時間をゆったりと味わった。



       ◆


「俺様の好きにやった事で、お前が背負い込むような事じゃねえと、あん時にも言ったと思うが……。テメエジロコイツカルラも、一切、聞きやしねえからなぁ……」


 何分、あるいは一時間も経った頃、ジェリウスが口を開いた。

 ジロは手元の酒がとうに無くなり、氷が水になっている事に、今さらながらに気がづいた。


 ジェリウスはカルラの頭をポンポンと叩くが、カルラは目を閉じ、ジェリウスの暖となるべくして、丸まったまま姿勢のまま、身じろぎひとつしない。


「待っててくれよな、師匠。どんな事をしても、絶対に対処方法を見つけてみせるから」


「生意気言うな。……けど、そうだな、テメエとコイツがまた仲良くなって、殺伐としてねぇ食卓を囲めるっつーんなら、……期待して待っててやんよ」




 あくる朝。


 ジロは早朝に目を覚ます。誰もいないリビングで軽く腹を満たす真似をした後、客室で帰宅の準備をすべて整え、再び居間へと戻ると、起床の気配をジロにも感じさせずに、当たり前のように、そこにジェリウスがいた。


 ジェリウスは仕事机で、テーブルの上の、ジロが見た事もない、変わった形のボウガンをあれこれと弄り倒している。


「何それ?」


「これか? これはキヌサンの新型ボウガンだ。魔法が使えない兵が扱える高性能の新型らしいんだが……、分解するのに呪符があちこちに用いられてるらしくてな。決まった手順を踏まねえと自壊する仕組みになってるらしい。ルイネのお偉方がここに持ち込んできやがったから、暇つぶしがてらに、いっちょ気合を入れて分解でもしてやろうって思ってな……」


「ふ~ん」


「ふ~ん、っておめえ……そう言うところだぜ? 坊っちゃん騎士を卒業して、いっぱしの商人になるっつーんなら、周辺諸国を震撼させてるこの新型ボウガンを見たら、商機って目を輝かせて、涎を垂らすモンだろうが……」


 ジェリウスはジロに、一度も目を向ける事なく、手元のボウガンを上にしたり下にしたりと、いじくり回している。



「今は帰り道の事で頭が一杯なんだよ。……じゃあ帰るよ。師匠、頼んだ件よろしく」


「おうよ。ジロの泣き言で思いだしたが、カルラの奴の姿がねえ。俺が起きる前に出てったみてえだ。……それと、それを持って帰れ、エリカにだ。『次回、ここに来るまでに読破しておくように』ってのが、カルラが出ていく前に残したメモに書かれてた事だ」


 ジロは食卓に置かれている、封印の掛かった紙の包みを手に取る。かさばる見た目通りに、ズッシリと重い。


「これが魔法書だとしたら、エリカは俺以上の試練をカルラさんから与えられてるね」

その魔法書を自分の荷の底にそっと置く。


「エリカの方は、のほほんとしたモンだがな。……くれぐれも用心しろよ。せいぜい生き残れ」


「うん。……じゃぁまた来るよ」


「……今度はテメエ単独じゃなく、誰かと来な。テメエ一人じゃ、俺様は退屈でしょうがねえかんな」


 その言葉は、ジェリウスの優しさから出た言葉だった。

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