カタキを狙う下準備


ジェリウス邸が木々に遮られ見えなくなり、帰路を進むにつれ、違和感が段々と増していく。


(試練ととらえよう)


 ジロは自分が大切に思う人の一人から狙われる事に、気の重さを若干感じつつ歩を進める。



 違和感の正体は、今は目視できるようになった、森や整備された道端に飛び交う、精霊の数とその動きであった。



尋常じんじょうではない数の精霊を見る限り、道の先で待ち受けているのが、カルラであると、ジロに証明しているようなものだった。



 その様子を目撃して、カルラやジェリウスの二人が大陸一の勇者と称される理由について、真の理解にいたる。


(気づくのが、徐々に魔人化する身になった今にようやく、なんて……、師匠に才能無しって言われてたわけだな)


 シカリィクッターの暗殺者達に襲われた時森での襲撃にも、精霊はもちろん飛んでいた。魔法を準備、あるいは行使すればそこには必ず精霊が寄ってくる。



 だが、火の気のない場所で、これだけ大量の火の精霊が元気よく飛び回っている様子は初めての光景であった。


(魔法の研究と観察を重ねに重ねたこの濃密な一ヶ月を過ごした後なのになぁ。これからは実力者と噂される連中と、進んで接触するべきなのかもな)



 精霊達は数だけでなく、各々が活発に動き回っている。


 カルラの気配がないのを確かめた後、その精霊を操ろうと試みるが、ここでも手練れの暗殺者達とカルラの違いがはっきりと出た。



 気が触れたかのように飛び回る精霊をうまく操れない。



(いや……。操れないというより、より多くの魔力を精霊に与えないと操れそうにないって手応えだな)


 試しに、通常時よりも大分多めに魔力を注ぎ込むと、ようやくその精霊を意のままに操る事が可能になった。


(しかし、これでは……暗殺者達と戦ったように、相手の魔法をかき消すなんて事を、カルラさん相手にやったら、俺の魔力がすぐに底を尽きかねないな……さすがはカルラさんっていった所かな)


 危機的状況を再認識したのにもかかわらず、ジロはカルラの実力の凄さを文字通り目の当たりにして、頬が緩む。



 マール達、シカリィクッターらの放ってきた魔法やゴブリンの魔法は、いとも容易くジロの魔力を、その魔法を補助する精霊喰わせ操り、魔法自体を乗っ取る事ができた。


(ここまで魔力を与えないといけないなんて、誰の魔力も通ってないとは考えづらいな。研究を重ねた経験上、他人の魔力を喰った精霊の方が操るのにより多くの魔力が必要だったからな)


 自分の魔力で上書きしづらいという事は、やはりこの精霊達は自然発生的に出現したのではなく、すでにカルラの魔法によって寄ってきた精霊達であるとジロは確信した。



 カルラはどこかへと身を潜め、ジロに奇襲攻撃をかけようとしいる事は最早明確となり、魔法発動は、すぐにでも可能なほどに下準備が整えられている事が見てとれた。



(……この体になって、不意の魔法的奇襲は絶対に受けないってのが知れただけでも師匠の家に来た甲斐があった。しかも実力者であれば、あるほど精霊達は集まって来やすくなるみたいだな。まるで精霊の祭りだな。……これなら、どれだけ俺が油断していようと、奇襲されようがないな)



ジロは立ち止まり、改めて周りを見渡す。



 多種多様の精霊達が狂喜乱舞といった様相で飛び回っている。


 そして道を進んだ先に、まるで大きな蚊柱のように、精霊達が渦巻くようにして存在する場所を確認する事ができた。



(カルラさんが奇襲をかけるのはあそこか……。このまま歩いていけば、五分後って所だな)


 ジロはついに歩みを止めた。憧れた人に命を狙われるのが、感情の薄れた今でも、多少は辛いし、しんどい。という事をジロは新たに知る事ができた。


 カルラに反撃、攻撃しようとはジロは微塵も考えなかった。



         ◆


 精霊達を見ていると、カルラにはジロの様子が分かっているようで、精霊達の動きがさらに活発になった。

 

 カルラから新たに魔力を送られているのだと気がついた。


 土の精霊達が活発に動きだす。



 本来ならば他の精霊は自分の好みの魔力ではないので去るのだが、多重詠唱を基本とし、複合的な魔法行使を矢継ぎ早に行使する戦術を得意とする、超一流の魔法使いのジェリウスやカルラは、どういった芸当なのか、他の火、水の精霊を虚空に消え去る事を許さない。


 元々森の道にいる為、土や木の精霊が消えないのは分かるが、無風である風、火の気のない火、水気のない水の精霊がいなくならないのは、ジロにも分からない。


 試した事はないし、自分にもそれができるとは思わなかった。超高度な魔法技術なのだろうと、ジロは推測する事だけしかできなかった。


(人よりも速く、そして強い魔法を次から次へと、流れるように行使するのはこういう理由だったんだなぁ……、そりゃ、精霊達が残ってたら、わざわざ虚空から呼び戻すよりは、ずっと速く魔法を完成させる事ができる)


 ジェリウスとカルラの超絶高速詠唱の奥義を見ることができて、ジロはまた誇らしく、そして嬉しくなる。その魔法が五分後に自分の身に降り注ぐものであったとしても、その気持ちは薄れる事はなかった。



(カルラさんの様子をもし見る事ができれば、今まさに、呪文詠唱の準備に取りかかったんだろうな)


 ジロの脳裏に、カルラの洗練され、美しい詠唱姿が浮かび上がる。

秘めた恋心を持って、カルラを見てきた幽界時代の、今思い出すと胸がキュッと締め付けられるような、淡く切ない、カルラの姿であった。



 人間界の魔法常識では精霊に魔力を送り込むと魔法が発動する、などという常識は一切ない。



 常識では、魔法が発動すると『精霊という概念』がその魔法を補助して威力を増大させると、信じられている。


 その実、魔法が形となる前からすでに精霊が魔力に働きかけて、その働きかけによって、魔法が顕現し、魔法という奇跡を起こしている、とはどんな呪文書、魔法書にも載ってなどいない。



人界での魔法の常識は、魔法は魔力を呪文に乗せる事によって、自然界に存在する魔法の根源にアクセスし、それが成功した場合に、超自然的な現象が、現実的に発生して、奇跡としてその効果を発揮する。っとなっている。



だが、人界でジロだけが精霊を目視できるようになり、その基礎理論が違っているという事が今は分かる。


 魔力を放出していく。すると雑多な精霊が集まる。

 次に呪文の内容によって、好みの精霊が残り、他は去る。

 炎の魔法ならば、火の精霊が放出された魔力を食べ勢いを増し、他の精霊達は、自分の好みの魔力ではないので、虚空へと消える。


 火の精霊が魔力をどんどんと食べ、呪文が完成するにいたって、精霊が手伝い、火の気のない手や杖や剣の先に炎がわき、結果、炎の魔法が物理的に発動するに至って、呪文は完成したと認識される。



 結果は同じでも、信じてきた魔法常識と真実の間にはこれだけの認識の違いがあった。



その 間違った認識をカルラやジェリウス達である真の実力者と、凡人達は共有している。


 だが、結果に大いなる違いが出る。

 その、『才能』というあいまいな言葉で、区別していた違いの認識を、ジロはいま目の前の土の精霊を観察できる身になって、ようやく真に理解する事ができた。



 精霊達が勝手気ままに、いわば自然に魔力を与えを食べさせるのではなく、真の実力者達は、もっと喰らえとばかりに、術者が精霊を支配しているかのように、精霊達に、自分の魔力を食べさせているように視えた。


 自分が魔法を使う時や、森で暗殺者達が使っていた時は、こうではなかった。


 あくまで魔力を取り込むのは精霊達の意思であり、しかも少し食べればもう言う事を聞く状態に仕上がっていた。


 だが、カルラのように超威力の魔法にするには、こうしなければならないのだと、改めて教えられた気になった。



以前は才能の違い、天才と凡人の差、として、上位者も下位者も片づけていたが、天才と凡才の違いはコレが違うのだという発見をし、ジロは少し興奮した。



(ただ、真似できるかっていうと、……無理だな。魔人化しても俺の魔力の総量は増えた感じは一切ない。無駄な消費を、劇的に抑えられるようになったってだけ。カルラさんや師匠のように膨大な魔力総量があって、はじめて精霊達に魔力を暴食させる事が可能になるみたいだな)


「……さて、どうすっかなぁ」


(この土の魔法を乗っ取るだけで、俺の魔力は底をつく。でも先の精霊の柱を見る限り、あの場所では風の精霊と木の精霊も、この土の精霊のように呪文が完成一歩手前の段階にあるようだ。なら、この三つの魔法の発動タイミングとその種類を読み切って、回避に全力を注いだ方が、無傷で、しかも俺の変化に気づかれずに、カルラさんの奇襲を凌げる可能性は高い)



 そうしよう。


 ジロは即座にそう決意し、再び歩き出した。




(しかし……やっぱり師匠達は凄い。今の俺よりもさらに強いなんて)


 ジロはクスリと笑った。



 道を歩きながらも周囲に目を走らせると、そこかしこに、なにかしらかの魔法の下準備が進められているのが見て取れる。


(魔法の効率化が、人界の誰よりも上手になった今の俺でも、これだけの数の魔法を待機状態で維持させるなんて、できないのに……)


 立ち止まって一つ一つ見て回りたい強い欲求を堪え、知らぬ顔で道を進む。



 ジロは信じられないモノを目にする。


 人界では誰もが、魔法行使の際に不可能だった、存在すら人間には知られていない、裏の精霊にも、カルラは魔力を送り込んでいた。


 魔界と違って裏の精霊の量は遥かに少ない人界だが、裏の精霊に魔力を送っている人など一人もいなかった。


(カルラさんは、存在を知っている!? いや……無意識なんだろう)


 カルラの天才性にジロは唖然とした。


  裏の精霊達が表の精霊達に混じると、同じ魔法でも、威力が増大する。だが、表の精霊以上に、その組み合わせはシビアとなる。


 組み合わせを間違えれば逆に効果が大幅にダウンするのは、人界に戻って数々魔法の練習をしていた時に理解できた。


(餌をあげてるのは……聖、邪、あとは光……。火に光を使うんだろうな……、土は……邪? 木に聖? 補助はそんな感じかな? カルラさんや師匠が魔法に失敗しているのは見た事がない。なら、無意識とはいえ、裏の精霊を行使してるのは今回が初めてではないはず。そして行使する時は、常に必殺か必中。なら、今も組み合わせを間違えているはずもない)


 カルラ達、真の実力者達はわれても人には説明できないような感覚的で無意識的な、こういった芸当を身につけており、それが凡百の徒との決定的さとなって、実力に大きな隔たりができるのだと、ジロは強く感じた。



 ジロはため息をついた後、自らの頬をはたいて気合いを入れ直す。


「師匠……、カルラさん、マジだよ。大真面目だ。……本当に俺に対する愛なんてあるのかな? 憎悪ってんなら、わかり過ぎる位に分かるんだけど……」


 歩いてきた道を振り返り、ジロはジェリウス邸に向かって、つい愚痴を吐いた。



(大丈夫だ。カルラさんと言えど、裏の精霊をメインにした魔法は絶対に使えない。いざとなったら、こっちは裏の精霊魔法、カルラさんにとっては未知の魔法で対抗しよう!)


 しかし、五分後の場所を切り抜けたとしても、乗り合い馬車が通る道まで一時間以上は歩かねばならない。


「長期戦は……やだなぁ。こっちから……反撃……自殺したほうがマシだ……。はぁ……、俺が本来使えるはずもない《飛行》を晒しでもいいから、逃げたいなぁ……。いやぁ……晒したら最後、俺は二度とみんなに会えなくなるもんなぁ……」


 ジロはトボトボと歩き出す。



 ジロの気持ちとは裏腹に、進めば進むほどに、生き生きと動き回る無数の精霊たちで埋め尽くされていった。


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