魔法剣と元所有者


「そんで? 今さら何の用だ。魔法剣はテメエにくれてやったモンだし、返す必要はねぇぞってリーベルトの奴にぁ伝えておいたんだが、聞かなかったのか?」

「あぁ、実はその用事じゃないんだ。魔法剣の方は悪いんだけど、魔界で破壊された」

「……ほう? まぁ役に立って、お前が魔界から生きて戻れたんだと思えば、安いモンだ」

「師匠にとっちゃ、あの逸物でもその程度の価値なのか……」

 自分の店の現状を省みながら、ジェリウスの金銭感覚が羨ましくなった。


「あほう。そうじゃなくて、俺様がテメエの価値を高く評価してやってるんじゃねえか、素直に喜びやがれ。……ただ、プーセルの奴にはこの事を喋るんじゃねぇぞ?」

「……やっぱ、……そう思う?」

「あったりめぇだろうが。プー公ならきっと法外な請求をするぞ? 『ジェリウスの私物とはいえ、あいつもティコ・ティコの一員。私物はティコ・ティコのモンだ。つべこべ言わずに払え』ってな。払えなけりゃ無理難題を押しつけてくるぜ。絶対に」

 そう言うとジェリウスはクククと楽しげに笑った。


「俺も想像できるよ。プーセルに言おうかと迷ってたけどやめとこ」

「んで? あの代物が破壊されたってからには、相手は秘者か? お前みたいな弱いのが、秘者にからんでおいて、どうやって生き残ったんだ?」


 ジェリウスは水差しから水を注ぎながらそう聞いてきた。客ではあるが、ジロには配らないので、いつものようにジロも自分で勝手知ったるジェリウスの台所から繊細なガラス細工のコップも持ってくる。水を注いで一口飲んでから口を開いた。


「ところで……師匠。サラ・アリネリアって知ってるか?」

「ん? ……。ふ~む……。知らないねえな」

「俺が斬った恨みつらみの関係者か?」

「いや……なんていうか……」

「スッキリしねえ野郎だな……」



「魔界の秘者で……師匠を知ってる奴だった」

 ジェリウスは目を閉じ、即座に返事をしなかった。



「……ガキか?」

沈黙に我慢しきれず、ジロが口を開きかけたところで、ジェリウスは目を開け、それだけを搾り出すようにして口にした。

 ジロがうなずくと、ジェリウスは軽く舌打ちをした。


「あいつぁ……あの秘者……、ガキ魔人の奴ぁ……、サラ・アリアドネって言いやがるのか」

「……師匠が負けたって思ってる魔人なのかな?」

「……ウーか? プー公か?」

「ウーさん。カルラさんか? って聞かないんだ」

「あいつには前に口止めしたからな。金輪際、誰にも話すわけがねぇ」


「その……、魔法剣はサラに壊されたってわけじゃないんだけど……関係はしてる」

「ふん縛ってでも泊まらせて根掘り葉掘り聞き出す所だが、テメエとカルラがもめてる以上無理か。……大まかな状況は?」


「えっと、魔界で店を開こうと、なかなかの立地の場所に、わら壁、わら屋根の露店に毛を生やしたみたいな店を構えて――」

「――お前はアホか?」

「……。エリカとリーブからは激怒された」


「カカカッ! めちゃくちゃ興味がある話だぜ! やっぱり命知らずのテメエが持ってくる話は俺様の大好物だな! んが、それは後でじっくり聞かせてもらう。あのガキ魔人はテメエにどう絡む?」


「絡む……ていうよりも、かいつまんで説明するとその店が大型の魔獣やらに踏みつぶされて再建したり、魔法剣に惹かれて姿を現した、俺でもどうにかできそうなサイズの魔獣と死闘して店を守ったりしながら二週間位経った頃。人間型の魔人に絡まれて、ひょんな拍子で魔法剣が破壊されたんだ」


「……あん?」

「まぁ、聞きって。それから――」

 そこまで言ってジロは、はたと気づく。


(――男の魔人に完璧に殺されて、死体だった俺をサラが魔人化の蘇生をしやがった。なんて……うん。とてもじゃないが言えないな。……しまった。忙しすぎてサラが出てくるまでの話を……作ってなかった)

 ジロは内心焦った。


「おい、何焦ってやがる? 落ち着いて話しやがれ」


(……仕方ない。殺された、じゃなくて大怪我って事で……サラと戦ったってんならあいつの魔法の実力も知ってるはず。以前師匠はほぼ千切れかけた自分の腕をカルラさんに治療させたし……サラに傷を治してもらったって事に……)


「ごめん、ごめん。焦ったっていうよりもサラがたまたま通りかかって足を止めなかったら、一時間も保たずに死んでた位の大怪我を男の魔人におわされてさ……。あっ、これエリカとリーブには黙ってて。……できればカルラさんにも」

「おうよ。さぁ話せ」

 顔色の悪いジェリウスの表情に、今のジロの話を疑っているような点は、少なくともジロには発見できなかった。


「それでサラが男の魔人を追っ払って――」

「――解せねぇな」

 ジロの鼓動が大きく脈打つ。


「……何が?」

「あいつが、お前に気を止めるとは思えねぇ。魔人の奴らぁ、一定以上の強さの奴にしか興味を示さねぇ。俺には興味を一切示しやがらなかった。ましてやテメエは俺がガキ魔人に出会った頃よりも、数等、いや、数十等は劣ってるからな……」

 ジロは心の底からホッとしたが、今度は態度には出さなかった自信がある。


「だからそこだよ。サラと師匠が関係してそうな話は……、いてえ!」

 ジロが言うが早いか、ジェリウスの足が再びジロのスネを蹴る。


「いちいち脱線すんじゃねぇ!」

「師匠が勝手に勘違いしたんだよ!」

 ジェリウスが指を手元のカップの中にいれ、滴る水滴をジロに飛ばす。 

 ジロは慌てて身を仰け反らせてそれを避けると、ジロの後方で破壊音が巻き起こる。

 後ろを見ずとも、ジェリウスが水滴に魔法をのせ、侮れないない威力の指弾が巻き起こした音だと理解している。


「額狙ってたね? 当たってたら気絶して、結局泊まる所だったじゃないか……。それに後ろの棚壊しちゃって……。カルラさんに怒られても知らないよ?」

「望むところよ! 最近あいつもテメエと一緒で俺に優しくしすぎて気にくわねえったらありゃしねえ」

 ジロはハァッとため息をつきながら、とても衰えたとは思えないジェリウスの技を垣間見る事ができ、安心して顔が綻んだ。


「まったく……。サラの奴が俺に興味を示したのは魔法剣に対してだよ」

「あん? ますます訳がわからねぇ……。魔石の宝庫の魔界内で魔法剣なんぞ、人界でいうちょっと大きい手の平サイズの石程度の価値だろうが……動く魔石に反応するのは知性のない魔獣くれぇだし……。ジロ、話をはしょってねえか?」

「結構コンパクトにまとめてるけど、師匠が黙って話を聞かないからさっきから中断しまくってるんだよ」


 お~お~それはすいませんでしたなぁ、この腐れ落ちぶれ貴族野郎っとジェリウスは背もたれに身を預けながらふて腐れる。


「だからさ、サラが足を止めてあまつさえ、俺の死ぬ寸前くらいの傷を治してくれたのは、師匠の持ってた魔法剣だからなんだよ。あいつ俺から話を聞きたかったらしい」

「……魔人と会話するってのも、歴史上稀有な事だが……、テメエが『サラの奴』って言ってるのはそういう事か……」

 

「ん?……そう……言う事かな。……サラが話や伝説に聞く秘者らしくなくて、そんな事も忘れて…………た」

 言い終わる寸前、そうではなく、ジロがサラを同じ魔人として見ているから、すんなりとサラとの会話を人に話しているのではないのかという疑念を持った。

 それが真実だとすれば、ジロは自分が思っている以上に魔人として精神や思考論理が侵食されているという事実に、内心愕然とした。


「どうした?」

「いや、なんでもないよ、師匠。……つまり、傷を治してもらった後にサラの奴が言うには、サラは師匠の事を知ってて、師匠の魔力反応……物に使用者の魔力の匂いが付くらしいんだ」

「……」


「俺にはサラの言ってる意味がわからない。そんなの俺の知る魔法の常識じゃない」

(魔界の魔法の基礎を教わった今じゃ理解はできる。ジロは内心そう思いながら、そ知らぬ顔で話を続ける。



「でも、実際にサラは魔法剣から匂い立つっていう、元々の魔法剣の所有者の師匠の存在に反応を示したんだ」





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