取引の提案
人間の商人二人の逃走を見逃したのは、ジロにはとっては決して逃げられないと知っていたという点と、ゴブリンに興味を惹かれた為だった。
数十秒後、廊下の方から短い断末魔の悲鳴が聞こえ、すぐに静かになった。
一人だけが牙の餌食となったようで、もう一人の反応はこの鍾乳洞の部屋前へと戻ったものの、ウロウロとまばゆい廊下を行ったり来たりしている様子がジロには手に取るように解る。
最後の一人となった商人は、ジロやゴブリンのいる暗闇の洞窟内へは足を踏み入れようとはしなかった。
「そこの人間! 取引したい!」
「ん? 取引?」
市井の商人や取引相手から、カモにされ、不要在庫を押し付けられたりと、いいようにあしらわれ続けていた新米の店主ジロは、相手の命の全権を握るという圧倒的有利な今の立場での、交渉の場に引き出そうとするドスのその言葉に大きな魅力を感じた。
「この場でどんな――」
タイミングよく麻袋が床を滑ってジロの足元へと届く。
確認するまでもなくジロが売りさばこうと集めたシカリィクッター製の武器だった。
「これ、手違いで手に入れた。正なら当な持ち主である強者に返すは当たり前。これだけじゃない。まだ代金は支払える」
「ほう? これ以外に預けた物はないがな?」
ジロは話相手が、人間時であれば即斬と教えられ、その考えに疑問も持たなかったゴブリンであるということも忘れて疑問を口にする。
「? ある。おめえは俺達の命を握ってる。それがお前の商品だ」
「なるほど……そういう商売の仕方もあるわけか」
「聞け! 強者! 俺達を見逃せば、益がある! 殺すよりも莫大な金、鉱石、喰いもん、奴隷! なんだって調達できる! 俺達はただの商隊じゃない! こんな所では死ねない! だから話を聞け!」
「ふ~ん。……まぁいい。話を聞こう。……リフォームは時間が掛かりそうだしな。ただ、嘘は言うなよ? こっちは嘘を見破る魔法を使える」
そう言って、表の精霊である水の精霊が大勢を占める中、ジロは裏の五大精霊の内、水の精霊が大勢を占める中、ゴブリンや人間を殺しまくったおかげで高まった邪の精霊と、洞窟であるがゆえに集まる影の精霊を必死になって集めて、満足できそうな精霊が集まった所で、《
火球は本来推進力を得て飛ぶので、場に留まる事はない。
場を焼き尽くす魔法はあるが、火球とはまるで別物の魔法である。
だが、その火球はまるで太陽のように天井付近に留まった。
畏怖とも悲鳴ともとれない声がゴブリン達から上がる。
「嘘つかない。信じる。……消えない《火球》 こんな魔法、聞いた事ない。水いっぱいの鍾乳洞でこんな大きな火球、ありえない」
涼しい顔をして行った、必死のハッタリが上手くいった事にジロは内心ホッとする。
「正しい判断だな。まず姿を見せろ」
「……。……攻撃しないな?」
「する気があったら、天井のをお前らに落として焼き殺している。お前が今、生きて話をしていること自体が、話を聞き終わるまではとりあえず攻撃する意志がないという表明だ」
「おめえは話をしたら殺すつもりかもしれない」
「どっちにしろ殺されるって思うのなら、身を隠す事に大した意味はあるか?」
「……ない。強者は常に正しい。でも、おれたちは使い物になる。それをずっと考えてくれ」
「わかった。で、どうする?」
そう言うと、ゴブリンが遮蔽物の無い場所へと出てきた。
体格が他とは段違いで、装備や身なりの良いホブゴブリン。
魔力を感じられる粗末な杖魔杖を持ち、腰ひも等複数箇所から微弱な魔力を感じ取ることができるホブゴブリンのシャーマンが一体。
マジックアイテムは魔杖一点だけを持つゴブリンが三体。
残りは筋骨隆々とした戦士型のゴブリンが二体。
六体は所在なげに立ちすくんでいる。
「お前らが生き残るには、俺の顔を知らない事が望ましいんだが……何かあるか?」
「分かった、見ない。顔、忘れた」
ゴブリンが全員俯く。
「フード付きのコートがある……ただ、ゴブリン製だ、人間ゴブリン製は憎む。おめえ、どうする?」
「それも貰おうか」
言った途端にリーダー格であるゴブリンが急いでコートをジロに投げた。
広げるまでもなく、何やら魔力を感じる。半魔人のジロは目を凝らすと、糸に魔力が練り込んであるようだった。精霊が懐きやすそうな環境のマントに見えた。
受け取ったそれを着ると丈は短いが、フードだけでは顔は隠れなかった。
「一応、ポケットにマスクもある……、おめえ、顔隠せ」
取り出すと、見たこともない装飾が施された、人狼の国、カレントで言うところの鬼のような面が出てきた。
「盗賊団の面だ。気に入らなかったら、後で捨てろ」
「いや、使わせてもらう。人界じゃ見たこともないデザインの……悪魔だな?」
「悪魔違う。国の英雄の面!」
トラディショナルな印象を受ける面であった。人間では考えつかない意匠である事にジロは興味を深くした。
「ゴブリンの国……ソトの国のか?」
「おもしろいか? そうだ、てめえらの言うゴブリンの国、ソトだ。ゴブリンはソト言わない、単に国って言う。面は百八種類ある。それはその一つ」
ふ~んと言いながらジロは臭気を無いのを確かめてから、面を顔に当てる。
あつらえたかのようにジロの顔にピッタリとはまった。
「うん……いいな。狼使いのアドルフには丁度よさそうだ。ミステリアスなデザインだし……気に入った」
「そうか! おめえアドルフ、言うのか。それは金いらない! 贈り物だ! もらいやがれ!」
「もらおうか……ただ、口が悪いな。お前」
「仕方ない! 人間と話す時、こんな喋り方。おめえは気にするな! では、改めておめえと取引したい!」
「……その前にいいのか? 俺はたっぷりとお前の同族を殺したんだが?」
「ここにいるのが中核メンバー。問題はあんまりない。ヴァルハラに行った同胞の家族は俺達、面倒みる……おめえが見逃してくれんならな!」
ほう、っとジロは感心した。一つは人間と同じ宗教を信仰している事に対してであり、もう一つはゴブリンの人情を見たからであった。
それはジロが教育されたゴブリン像とは大分違った為だった。
◆
数年に一度ゴブリンの討伐を国家事業として行うペールで騎士業を続けていたジロは他の騎士と同様、山狩りには幾度と無く参加してきた。
だが隊長として参加した数度の山狩りにおいて、魔物討伐はあったが、ジロはゴブリンとの交戦は一度としてない。
それはゴブリンが魔物と違い知性や情報力に長けており、山狩りが始まれば、ゴブリンの傭兵団や盗賊団は、より緑の深い山野へと一時的に避難するためであった。
ペールというよりは人類はそれぞれに国境や領土を持っていたが、それは平野や開墾が進んだ山野に限られる事であり、この山脈やすそ野の森林のような場所は魔物や亜人が住み着き、人間達の手には余る土地となっている。
逆にそういった人間各国の国家事業である定期的な山狩りは、ゴブリン達にとって自分達以外の亜人種敵対勢力を一層してくれるため、一帯の治安維持に人間達が一役買ってくれている事をペール騎士達は知らない。
この山も山狩りの対象にはなっているため、ジロは知るよしもない事であったが、実はこの山、人間たち以外にとって治安は大変に良く、長年の間ドスら盗賊団の手によって平穏が維持されていた。
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