心のかけら。魔法の言葉

 

ジロは本格的に洞窟内の捜索と盗賊殲滅を開始する。


劇的な改装が施工される事となった広間から進むと何本にも枝分かれし、灯火が落とされた真の暗闇が広がっていた。火を落としたばかりである証拠に灯芯の蝋の匂いが辺りに強く立ちこめている。


 気配はない。

 ジロが純粋な人間をやめて明敏かされた感覚を持ってしてもあれだけいたゴブリンの気配を微塵とも感じ取る事ができない。

 元々潜む事に優れたゴブリンとされているので、ゴブリンとゲリラ戦を繰り広げた事のないジロは素直にその種族特性ともいうべき能力に感嘆を覚えた。


 ジロは人間時の名残であるかのように無意識に探索魔法を次々自身にかけていくが、暗闇を見通す《夜目イビスアイ》の必要性を感じない自分に気づいた。


「おかしなもんだな。これが真の闇ってのは暗さで分かるのに、俺の眼にはその暗闇が見えちゃってるんだからな。……矛盾してる、変な感覚だな」


 ジロのつぶやきは反響し、今度はやすやすと気配を感じ取る事に成功した。

 潜んでいる盗賊達に変化があるのが見て取れる。

体温感知カロリー・ヴァーデ》や《知覚感知シンショス・ヴァーデ》、《魔力感知マジック・ヴァーデ》などは正常に働き、恐怖する盗賊達の息づかいですら特定できそうなほどの精度となり、逆にわずらわしく感じ、鋭くなった嗅覚により口臭で固体判別さえもつきそうなくらいであった。


 元凶である《知覚感知》を解くと、五感の鋭さは消え、だいぶマシになった事に満足をおぼえた。


 「《火球ファイアボール》」


 通路に向け火球が発射され最奥の壁を焼き、その左右の部屋に潜んでいた盗賊達に間接的に当てたのにも係わらず、ゴブリンたちは断末魔の悲鳴を上げ、それが反響しあいけたたましい程の騒音となった。


 火球自体の光は消えたが、それが燃やした人や調度品が光源となり、その通路照らし出した。

 反対の通路にも同じ事をし、多くの同じように絶叫が木霊し、やがて消えた。


 《魔力感知》により目的の黒剣もそこには無いことはもう分かっている。


 入り口ではない方向の洞窟の外から微かではあったが、大勢の悲鳴が聞こえてきた。隠し通路の出口の封鎖も上出来だとジロは満足する。


 《体温感知》によって確認した洞窟内に籠もっている数はおおよそ二十。

 外に逃げられないと観念して、隠し通路から戻ってきた人数が十。


 戻ってきた十の方が黒剣を持っている事も確認できた。


 アーグルに《翻訳念話》を飛ばして今いる通路の封鎖をやって来た二匹の狼に託す。


 一応その二匹の狼との会話を試みるが、アーグルとは違い、大筋は伝わっている様子だが、細やかな事までは十全に伝わっている様子はない。


 試しに広間の小石を持ってくるように伝えると一頭が駆けだし、木の椅子を一脚持ち帰ってきた。

 ジロは困惑しながらも頭を撫でるとク~ンと鼻を鳴らし、ゴロリと寝て腹をみせる。パタパタと振る尻尾が床をこする。


「アーグルだけが特別か……アーグルが他の狼に俺じゃ伝わらない指示を伝えてるんだな。ここにやって来る者を誰だろうと全員殺せ」

 通路全部に聞こえるほどの声で二頭の狼に命令すると、二頭がそれ以上の音量でワンと同時に返事を返す。


「これでまぁ、威嚇にはなる……かな?」


 ジロは行き止まりである事を突き止めている方面へ、残りの二十の命を散らしに歩き出す。



       ◆


 この半魔人化した身体で、パッと見には自然な戦闘経験を積むための演技を磨くためと、先刻のような横着をした虐殺を止め、一人一人丁寧に武器で殺害している最中、ジロに頭が痛くなるような事態が訪れた。



 十二匹目のゴブリンの盗賊が断末魔の悲鳴を上げさせて殺した直後、残りのゴブリン八匹、奥に固まって動かないそれらに向けて《火球》を放とうとした瞬間、その集団が悲鳴を上げたのだった。


 それは小さな子供の悲鳴で、それをさらに女の声であやす声が聞こえた。


「マジか……」


 ジロはそれらがどんな存在かは察しがついていたが、どうしようかと悩む。生かすにしろ、殺すにしろ、一応は情報を引き出そうとジロは考えた。


「そこにいるのは誰だ。なぜここにいるかも答えろ。即座に応じなければ攻撃を開始する」


 洞窟内の反響する音を利用して声音を変えて問いかけた。


(やっぱり八人いるな)


「や、やめて!! わ、私達はゴブリン達に村を襲われさらわれた者です」

「私は街道で商隊が襲われてここに連れてこられました!」

「ワタクシは別荘滞在中に屋敷を襲われて侍女とともに!」


「……何人いる」


「八人です。皆女性で、男性は皆殺されました! 子供も二人います! あ、あなたは誰ですか!? 人ですか!?」


 それから堰を切ったかのように、八人全員が言葉を発し、泣き喚き始めて、ジロは言葉を聞き取ることができなくなった。


(黒剣回収は問題ない……名声獲得には……もう無理だ。死体だけでよかったが、生き証人がいたらまずい……。ん? なんか見落としが……あるような? ……。……? 待てよ? 俺はここへは――)


「あっ!!」


「ど、どうしました!?」


 ジロの上げた声に反応する女が鬱陶しかったが、ジロは自分の名声獲得の重大な見落としに気づいた。


(全力の《飛行フライ》で一時間。歩きにしたらどの位だ? ここは山だぞ? ……本店から一カ月はかかる……ハハッ、なんだ。最初から人になんか言えやしない。馬鹿か俺は……行動範囲まで魔人基準になっちまったのに、それに気づきもしないなんてな……なんてマヌケだ)

 

 ジロはがっかりし、それならばいっそ皆殺しにしてここを去り、成果は魔石付与の武器と使い魔の使役だけで満足して、ぐっすりと眠ってしまうのが一番手っ取り早いと判断した。


「……どうもしない。俺はここを見つけてを駆逐しにきた人間だ」


 言いながらジロは《火球》を発射するために片手を上げる。


「ああ! ペール神、そして現人神であらせられる聖女エリカ様!! ありがとうございます! 救いの御手をお与えくださった、この奇跡に感謝いたします!!」


 魔法の発動寸前、応答していた女が感謝を述べた。


 駆逐すると言った全員に自分達も含まれていた事を知らず、あまつさえ数瞬前まで見殺し、どころかジロ自らが殺そうと決意した囚われの女達が、それぞれに聖女に祈り始めた事をジロはいたく気に入り、あっさりと決断を覆し、全員を生かす事に決めなおした。


 それは善悪の価値観や、命に対する畏敬などから出た結論ではなく、信念と呼ばれるあやふやな部類のものであった。



 殺すつもりでいた人間が、エリカを称えるのを聞いただけであっさりと救う事に決める。



 そんな人として不自然極まりない心の働きを、ジロ自身は少しもおかしいとは思わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る