余所事の話 姓名 / テンチョー・ニゴーテン


「それで、サラさん。命の次に大切な黒動結晶を無くされた、その哀れな眷属の秘者はまた人間種? それとも私達とは別種族なんですの? そしてワタクシを楽しませてもらえる程強いお方ですの?」


「人間種。だけど今もそいつは、別に秘者じゃないし、強さもたいした事ない。セラとゼラなら普段なら相手にすしないくらいの強さ」


「え? サラがそいつから、黒動結晶を引き出したのに?」

「そいつと会った時には、死にかけてて、それでも聞きたい事があったから、秘者に進化させてやったら、その傷でも死ななかっただろうと思って血を吸い始めたんだけど……」


サラは額に指を当てながら、必死にその時の様子を思い出そうとする風にポツリポツリと状況を話し始めた。


「……あまりにも弱っちい人間だったから、秘者化には耐えられそうになかったんだ。だから方針を変えて、体の修復をしてやってからちょっとずつ血を吸って、死ななそうなかな~っていうギリギリのラインを探ってたんだ。あれはちょっと楽しかった。何回か吸いすぎて死んじゃったけど、その度に蘇生させたんだ! そうだった! あれはいい実験になった! 色々試してたら、すんごい苦しんでたし、精神がもたないかもって思ってた。それに滅茶苦茶な魔力の流れ方を試したんだけど、予想が外れてそいつの精神が死ななかったからちょっと興味が沸いた。今思うとあれは多分昔、大分無茶な薬物投与とか、無茶な治療魔法を受けたからじゃないかなって思う。人間なのに普通の人間じゃないっていうか……なんだろうな。色々試せて、楽しかったけどな!」


「それは……」

 可哀想にと二人は、見知らぬ新たな眷属を気の毒に思った。


 秘者になると人間の記憶を失いがちになるが、二人はサラに秘者化させられた時の苦しさはよく覚えていた。


 自分の体を作り替えられていく痛みというか、精神の痛み、魂の痛みというようなおぞましい感覚を思い出して、セラは身震いした。


「段階的に、吸ったらどうなるかって思って、最終的に完全な秘者にできるかどうかを試そうと思ったんだ! 魔王っぽく、新魔法の開発だ!! 偉いだろう!」


「そうですね、被験者には気の毒ですが……。そうですか、同僚になるかどうかは、まだ分からないって事ですのね?」


「まぁ、そうだけど、失敗するつもりで、この実験はやってないから! 絶対に成功させるから!」


「それで? そいつの名前は?」


「弱すぎるから、忘れた」

「……」

「……」


「……。……サラさんはその癖を直さないといけないわね。こういった話になるたびに、名前を尋ねて、忘れたと言われ、ゼラと目配せし合った後に脱力するのはもう嫌です。今度固有名の覚えるコツのお勉強を再開――」


「――嫌だ! おもろくない! 第一、忘れっぽいのはお前達もじゃんか! そいつの事この前話したのに!」

「いつ?」

 ゼラがサラに挑むように聞き、確認のためにセラに「覚えてる?」と聞くと、セラは首を横に振った。



「ほら見ろ! 二人だって、覚えてない! 戦鬼のググタとゼリアが来て、アタシが二人を追い返した後、セラかゼラが私に、どこをほっつき歩いてたのかって説教を始めた時に、ホラ!」


「それはもちろん覚えてるわよ。先週、ゼノンとか言うのが、来た日でしょ?」


「え? ゼノンって誰?」

 キョトンとなってサラが聞き返す。


「……。態度はおもしろかったけど、ホラ! 弱かった火鬼の……、その日のサラへの挑戦者! 本当にあんたは……」


「え? あの日はギ・ダが戦わないって言ってがっかりして……ググダとゼリアといっぱい遊んで……誰それ? 知らないなぁ。まぁいいや! とにかく! その日にお店を始める為に城を空けたんだって、確かに二人には話した! 

「あっ!! 思い出した!! テンチョーだ! 私は確か、そいつにテンチョーと呼べって言われて、そいつをテンチョーって呼んでた!! あれ? ……でも別の名前も名乗ってたような?? まぁいいや!! どうせセカンドネームとかだ!!」


「そう言えば、サラが魔界のどっかに店を開いたっていうのは聞いた覚えがあるわね。冗談じゃなかったんだ? ……そこで会ったって言うのは、そんな名前だったっけ? ピンとこないわね。でも名前は思い出したわ。『ニゴーテン』とかいう変な名前。絶対にテンチョーじゃない」


「そうだったっけ? まぁ見てろって!! 名前さえわかれば、もう大丈夫! 《来い!ヌティリアンティボス》テンチョーの黒動結晶!」


 相変わらずの姿勢で右手を背もたれから離し、上に伸ばしてそう叫び……何も起きない。


「アレ!?」


 セラとゼラは、サラの方を見る事を止め、掃除を再開していた。

 

 おかしいな? 術式替えたっけ? と、うなりながら再度体内から黒動結晶を取りだしてキョロキョロと遠くを眺めると、その黒動結晶を遠くに見える谷の方へと投擲した。


 掃除していたゼラの姿が霞み、屋上から消える。


 一分後に、黒動結晶を持ち、バトルメイドと呼ばれそうな、メイド服にゴツゴツとしたガントレットや金属の光沢を放つ足甲を纏ったゼラが顔を真っ赤にして怒りながら、戻ってくる。


「なんで、拾ってきちゃうんだよ!! 実験中なのに!!」 

「人の黒動結晶を、気軽に実験に使わないの!」


 そう言いながら、ガイン!と周囲に響くほどの音でサラに拳骨を振らせる。


「痛い!! あ~~~! アタシだって馬鹿じゃないんだから、あっちにそれを投げても壊せるような奴がいないのは確認済み! その上での実験なの!」


 怒っていたゼラがそうなの?、サラが言うならそうなんでしょうねっと怒りを即座に静める。


「貸して!」


 そう言って、半ば無理矢理ゼラの第二の命ともいうべき黒動結晶を奪い取り、再び投げ放つ。ゼラは今度は動かず、戦闘装束を解除して、普段着にと戻る。



「《来い!ヌティリアンティボス》ゼラの黒動結晶!」

 テンチョーの時と同じかけ声とポーズをすると、瞬く間に、ゼラの黒動結晶が飛来して、サラの手元に収まった。それを再びアストラル化させると、サラは首をひねる。


「やっぱり、おかしい。テンチョーのだけ戻ってこない」


「おかしくないわよ。そのテンチョーとかいう、中途半端に秘者になったのが、誰かに殺されたか、それともサラが落としたテンチョーの黒動結晶が他の秘者に叩き壊されただけでしょ? 残念、残念。せっかく百年ぶりの同僚が誕生したんだと思ったのに」


「ゼラが覚えてた方が名前かなぁ? 《来い!ヌリティアンティボス》ニゴーテン!」

 相変わらず、新人の同僚の黒動結晶は戻って来ない。


「一緒にしてみたらどうですか?」

 セラのアドバイスに従い、テンチョー・ニゴーテンとニゴーテン・テンチョーの二つでも試してみたが、何も起きなかった。



「もう、時間の無駄ね」



 そう言って、肩をすくめつつ、ゼラはサラの前からツカツカと歩み去り、自動修復しつつあった、ゴーレムが出てくるゲートを渾身の踵落としで再度粉々に破壊した。


 セラもセラで、破片が集まり徐々に大きくなり復活しかけていたゴーレムの破片を、より復活に時間がかかるようにと、細かくするためにヒールの踵で次々と砕いていっている。



「あ゛あ゛あ゛!! 何するんだ!!! 部屋の死骸が全然片付かないじゃないか!!」



 サラの悲痛な叫び声が、周囲に響いた。



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